ブラジルに関係する人でファベーラ(favela)という単語を知らない人はいないでしょう。あまりにも有名なこの単語をブラジルの辞書(アウレリオ)で調べると、次のように定義されています。
簡易的に建設された住居群(通常丘の上に立つ)で、劣悪な衛生環境を有する。
conjunto de habitações populares toscamente construídas (por via de regra em morros) e com recursos higiênicos deficientes
白水社の現代ポルトガル語辞典では、以下のように記述されています。
スラム街、貧民窟
ブラジルのTVニュースを見ていると、ファベーラ関連の事件が流れることも珍しくありません。幾つかの例を挙げてみます。
- 大雨が降り、地滑りを起こして住居が流され住民が生き埋めになった。
- 麻薬組織と警察の銃撃戦が勃発し、流れ弾を受けた無辜の民が死亡した。
- スマホのカーナビでファベーラに誘導された外国人が金品を奪われた上に殺害された。
ファベーラをテーマとした映画も多く製作されており、日本語字幕があるブラジル映画には次のものがあります。この中では個人的にはストリートオーケストラが一番好きです。なお、Amazonプライム会員なら、「シティ・オブ・ゴッド」と「エリート・スクワッド」は無料で見られます。
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ブラジルの抱える大きな課題の一つである「ファベーラ」ですが、その誕生は19世紀末にバイーア州の奥地で発生した「カヌードス戦争」に由来しています。
カヌードス戦争とは?
カヌードス戦争は、1896年11月から1897年10月にかけてバイーア州の集落カヌードスで発生した、民衆(反乱軍)とそれを鎮圧する政府軍との紛争です。
カヌードス戦争は、貧しい民衆が政府による理不尽な社会的圧力に対して抵抗した重要な事例の一つとしてブラジルの歴史に記録されています。詳しくは、以下の記事をご覧ください。
ファベーラはカヌードスに群生していた植物に由来
エウクリーデス・ダ・クーニャによって1902年に出版された『セルトン(os sertões)』には、「ファベーラの生い茂る高原の周辺にカヌードスの集落がある」という記述があります。ここに登場するファベーラというのは東北伯の乾燥地帯(セルトン)に生えるトゲを持つトウダイクサ科の植物の通称です。
ファベーラ(学名:Cnidoscolus quercifolius)
なぜ東北伯の植物の名前が、スラム街の呼び名になったのでしょうか。
政府に騙された元奴隷の兵士
カヌードス戦争の時、政府は元奴隷の黒人を徴兵してカヌードスの鎮圧に当たらせました。この時、政府は「勝利すれば住居を与えよう」と約束して、元奴隷たちを従軍させました。彼らはカヌードスに赴き、ファベーラ(植物)の群生する丘(ファベーラの丘)に陣地を構え、反乱軍と戦いました。
結果として戦争は政府軍の完全勝利に終わりました。
酷い話ですが、戦争が終わるとお役御免になった兵士たちには約束された住居が与えられなかったばかりか俸給も支払われなかったと言います。住む場所すらない元兵士たちは都市部に流入しました。
リオデジャネイロに誕生した「ファベーラ」
行き場を失った元兵士たちは、リオデジャネイロの「プロビデンシア(神)の丘」と呼ばれる場所に粗末な住居を立てて住むようになりました。
リオデジャネイロで元兵士たちが住み始めたのが丘の上であったことから、カヌードス戦争の元兵士たちは、かつての戦場の名前を取って、その場所をファベーラと呼ぶようになりました。
その後、奴隷の身分から解放された自由黒人たちがファベーラに流入し、その人口を増やしていきました。現在では、「ファベーラ」という名前は一般名詞化し、リオデジャネイロに限らずブラジル各地の都市部に存在しています。