ロシア生まれのパリ育ち、美味しくてお洒落なクスミティー

パリ旅行

クスミティー(Kusmi Tea)というお茶ブランドをご存知でしょうか?

先日、パリに旅行で行ったときに、いろいろな場所で「クスミティー」というお茶専門店を見かけました。この記事では、美味しくてお洒落なお茶ブランド「クスミティー」について、歴史的な背景も交えてご紹介します。

ロシア生まれ、パリ育ちのお茶ブランド

パリ市内で多く見かけたので、てっきりフランスのお茶ブランドかと思いきや、もともとはロシア人の「クスミチョフさん」が始めた茶のお店でした。ネーミングがわかりやすくていいですね。

最初のお店は、今から約150年前の1867年にオープン。1867年というと、日本では最後の将軍、徳川慶喜公が将軍に就任し、孝明天皇が崩御なさった年のことです。

クスミチョフさんのお店はその後、ロシア革命(1917年)をキッカケにして拠点をパリに移転します。

2つの世界大戦を生き残りましたが、3代目の経営者の時に経営が傾き、2003年にフランスの会社であるOrientis社に買収されました。

現在Orientis社を率いるオレビ兄弟は、フランスを中心として、クスミティーのお店を世界35ヵ国で展開しています。

欧州では、フランスを中心にドイツ、オーストリアなどに展開しており、アジアでは、東京(丸の内)や、シンガポール、香港、韓国にお店があります。皮肉にも(?)生まれ故郷のロシアにはまだお店がないようです。

海外セレブにも人気のDETOXシリーズ

パリ市内の喫茶店で飲んだクスミティーのDETOXというシリーズ(現在は、「エクスピュア」というブランド名に変更)が、香りも良くて美味しかったので、125gのDETOXシリーズを3缶購入しました(1缶17ユーロでした)。うち、2缶は母と姉へのお土産にしました。

米国の女優、ケンダル・ジェンナーも、このクスミティーのDETOXを愛飲しているそうです。そもそも、筆者はケンダル・ジェンナーの存在すら知らなかったのですが、妻曰く、女性向け雑誌に引っ張りだこで、若い女性に非常に人気があるそうです。
ウィキペディアで調べてみたら、金メダリストのお父さんは性転換手術をして女性になっており、お母さんが前の夫との間にできた子供にキム・カーダシアンが居たりと、いろいろすごい一族でした。

Georges Biard

実際に飲んだ感想


DETOXシリーズは、その名の通り「デトックス効果」を謳ったハーブティーで、カフェインも入っていないので、時間帯を気にせずに飲めます。

我が家では、黄色のBB DETOXというお茶(グレープフルーツの入ったグリーンティー)を飲んでおります。喫茶店で飲んでみて、おいしかったのでこれにしました。

肝心のデトックス効果ですが、確かにお通じが良くなって、老廃物が出ていくのを促してくれたように思います。おそらくプラシーボ効果だと思いますが、筆者は、お茶を飲んだ日に大きい方が2回でたという無駄な記録をここに残しておきます。

デトックス効果というよりも、お茶の味そのものが気に入ってしまったので、日本でもリピートしようと思います。Amazonなどでも買えるようですし。

参考までにAmazonの日本の正規輸入品を購入した場合の値段を比較してみました。
ティーバック20袋入りの製品は、1袋あたり2.2g入って値段が124円でした。

一方で、缶入りの茶葉は、それぞれ以下の値段設定でした。ティーバック1袋あたりの単価を右端に記載しました。当然ながら、250g缶が最も単価が下がるようです。

商品名(重量) 単価 金額(円) 単価(ティーバック)
(KUSMI TEA) クスミティー BB デトックス 25g缶 58.32円/g 1,458円 128.30円/袋
(KUSMI TEA) クスミティー BB デトックス 125g缶 31.10円/g 3,888円 68.43円/袋
(KUSMI TEA) クスミティー BB デトックス 250g缶 21.60円/g 5,400円 47.52円/袋

クスミティー誕生の歴史


ここからは、創業150周年を迎えたクスミティーの歴史をご紹介します。

クスミチョフ青年と茶

ロシアのクスミチョフ青年は14歳の時に家族の元を離れて、職を求めてペテルブルグに行きました。そこで彼は茶商人の配達人としての職を得ました。

クスミチョフの雇い主は、この青年の商売の能力に気が付き、茶葉のブレンド法などを惜しみなく教え込みました。

やがて、クスミチョフが紙商人の娘と結婚すると、彼の雇い主はクスミチョフに小さなお店を与えました。時に1867年。これが現在のクスミティーの創業となりました。

クスミチョフのお店は順調に売り上げを伸ばし、1901年までに11のお店を出店し、ロシアで3つの大きな茶商のひとつに数えられるようになりました。ロシア皇帝にも愛されるお茶の店としてブランド地位を築きました。

2代目クスミチョフによる海外展開

1907年に、クスミチョフは長男をロンドンに送り、そこに支店を作りました。当時、ロンドンは世界の茶の流通の拠点となっていました。

1908年に長男がロシアに戻った年、クスミチョフが死亡し、長男が彼の跡を継ぎました。最終的にはロシアで51店舗を出すまでに成長しました。

クスミチョフとは関係ないですが、クスミチョフが活躍した時代、ロシアと我が国は日露戦争(1904~1905年)を戦っており、1910年に日本は韓国併合を行っています。ちょうど、筆者は日露戦争を描いた司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』を読んでいるところでしたので、日本人を猿と呼んでいたというニコライ2世、クロパトキンやロジェストウェンスキーもクスミティーを飲んでいたのか、と思いを馳せてしまいました。

ロシア革命(1917年)の前年、クスミチョフ(長男)は拠点をパリに移しました。

ロシア革命の勃発後の1920年には家族全員をパリに呼び寄せました。パリ移住後もクスミチョフは裕福な資産を基盤に不自由のない暮らしをしたと言います。

その後もクスミチョフは店舗の拡大を続け、ニューヨーク、ハンブルグ、コンスタンティノープル、ベルリンに店舗をオープンしました。

3代目クスミチョフの没落と身売り

1946年に2代目クスミチョフが死亡すると、家業は彼の息子に承継されましたが、彼は父親や祖父のような商才に恵まれていませんでした。彼の代になって家業は傾き、結局1972年に二束三文で売り払うことになりました。

2003年に、クスミチョフの茶ブランドは商品売買を家業としていたオレビ兄弟の会社(Orientis社)によって引き継がれました。同社の経営努力の結果、クスミチョフのお茶ブランドは、フランスを中心に売り上げを伸ばしてきました。

クスミティーの公式サイトでは、2014年にCMが話題になったことがきっかけで、世界的にクスミティーの名前が有名になったようです。

『la beauté des mélanges(混ざりあう美しさ)』

パリに旅行で行く際には、ぜひ一度、クスミティーを味わってみてはいかがでしょうか。日本でも、アマゾンなどで購入できるほか、丸の内の丸ビルに公式ショップがあるので、気になる方は足を運んでみてください。

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