「おい」「こら」は薩摩弁?チェストの由来は?鹿児島の面白い話

鹿児島旅行

今年は明治維新150周年ということもあり、鹿児島旅行へ行ってきました。この記事では、鹿児島由来の面白い話を集めてご紹介します。

「おい」「こら」は薩摩弁?

旅行を深く楽しむため、明治維新をテーマにした司馬遼太郎の大作『新装版 翔ぶが如く (全10巻)』を読んでいます。近代日本の成立ちを知ることができ、知的好奇心も満たされ大変面白いのですが、小説というよりは歴史書ともいえるような重厚な内容なので、読破するのに時間がかかりそうです。

物語は、日本に警察制度を導入するべく、フランスに遊学する薩人の川路利良(かわじとしよし)が登場するところから始まります。

薩摩藩の上士だった者の多くは、明治維新後に西郷大将の率いる陸軍に入隊し、薩摩藩の郷士だった者の多くが、川路の創設した警察に入りました。

川路の創設した警察では、中級幹部以上がほとんど薩人で占められていました。当時の警察官は、庶民に対して薩摩弁で「おい、こら」と呼び掛けていたそうです。

現代の標準語で「おい、こら」というと横柄な印象を受けますが、薩摩弁では「ちょっと、あなた」といった意味でしかなかったようです。警察は直接庶民に接する機会が多かったので、「おい、こら」という薩摩弁が庶民にまで広まり、私たちが普段から(?)耳にするようになったようです。

「チェストー!」の由来

薩摩弁に「たっちんこんめ」という言葉があるそうです。漢字で書くと「太刀ん来ん前え」となります。江戸時代において薩摩隼人の大半は「示現流」という一撃必殺の剣術を学んでいました。「示現流」は、防御を考えず、一撃で敵の脳天を勝ち割るというシンプルな教えです。

防御をしないので、相手の太刀が来る前に一撃必殺しなければならない、ということで「太刀ん来ん前え」という言葉が誕生し、転じて薩摩弁で「今すぐに」という意味になったとのこと。

薩摩隼人が敵に斬り込む時、演説が高潮した時など、激して発する掛け声として「チェストー!」が有名ですが、その由来は諸説あるようです。

説1:「強くいくぞ!」→「つえすっど!」→「ちぇすっど!」→「チェストー!」
説2:剣で相手に斬りかかる時の示現流の心構えの一つ「知恵を捨てよ(無心になれ)」という言葉が掛け声として変化した。
説3:「チェスト(胸)を狙え」という意味から、「チェストー!」という掛け声が生まれた。

西郷隆盛は実は「西郷隆永」だった?

NHK大河ドラマ「西郷どん」で「吉之助サァ」と呼ばれる西郷どんの名乗りはご存知の通り「隆盛(たかもり)」です。この隆盛というのはかれの旧幕末奔走当時からの同藩の同志である吉井友実が、新政府に名前を届け出るにあたって、「吉之助の名乗りは何じゃったかナ、たしか隆盛じゃったナ」とひとり合点して登録してしまった名前だそうです。本当の名前は「隆永(たかなが)」でした。実は隆盛とは吉之助の父、吉兵衛の名乗りでしたが、吉井は勘違いして届け出てしまいました。

「アア、 おいは隆盛でごわすか」と、西郷は訂正しにもゆかず、結局はこの名前が歴史の中の彼の名前になったそうです。かれ自身はつねに通称のほうの「吉之助」を称していました。

西郷の弟で海軍大将になった西郷従道(じゅうどう)の名乗りも実は「隆道(りゅうどう)」でした。新政府の役人が名乗りをききに来たとき、「ジュウドウじゃ」と、慎吾はいいました。薩摩音ではリュウがジュウときこえるようで、「あ、従道でございますな」ということで、それが登録されてしまったようです。

西郷兄弟が名前にこだわらない様子は、ポルトガル人、ブラジル人に通じるものがあります。

島津家の家紋は十字架ではない

薩摩の殿様の島津家の家紋は、島津忠久が源頼朝から授かったものとされる「十字紋」が有名です。この「十字紋」、当初は丸が無く、一見したところキリスト教の十字架を彷彿とさせるものでした。

鹿児島にやってきた宣教師ザビエルは、島津家の家紋を見て「白い十字架」が使用されていると驚いた、という記録が残っているそうです。

十字紋は日本にキリスト教が伝来する前からある家紋ですので、実際にはキリスト教とは関係がありません。

十字紋の由来には以下のように諸説あります。
・2匹の龍をかたどったもの
・源頼朝が二本の箸を交叉して出陣戦勝のまじないとした
・「十字を切る」という形の呪符からきたとするもの

現在の丸十文字紋へと変化したのは、16~17世紀頃のことでした。

西堂隆盛はクリスチャンだった?

最後は「由来」とは関係ないですが、鹿児島で最も有名な西郷隆盛に関する本をご紹介いたします。

内村鑑三が日清戦争の頃に記した『代表的日本人』という本があります。

この本は、日本人とはどういう民族であるか、ということを外国人に紹介する目的で書かれた本で、代表的日本人の一人として西郷隆盛が紹介されています。

キリスト教徒でもある内村は、西郷の文章にキリスト教的(あるいは陽明学的)な感情を読み取り、西郷が神の啓示を受けていたのではないか、と書いています。

西郷隆盛のモットーである「敬天愛人」は有名ですが、改めて彼の言葉を読んでみると、確かに聖書にでも載っていそうな考えだと思います。

  • 天の道をおこなう者は、天下こぞってそしっても屈しない。その名を天下こぞって褒めても奢らない
  • 天を相手にせよ。人を相手にするな。すべてを天のためになせ。人をとがめず、ただ自分の誠の不足をかえりみよ
  • 法は宇宙のものであり自然である。ゆえに天を畏れ、これに仕えることをもって目的とする者のみが法を実行することができる。 天はあらゆる人を同一に愛する。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない(我を愛する心をもって人を愛すべし)
  • 天はあらゆる人を同一に愛する。ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない
  • 人の成功は自分に克つにあり、失敗は自分を愛するにある。八分どおり成功していながら、残り二分のところで失敗する人が多いのはなぜか。それは成功がみえるとともに自己愛が生じ、つつしみが消え、楽を望み、仕事を厭うから、失敗するのである
  • どんなに方法や制度のことを論じようとも、それを動かす人がいなければ駄目である。まず人物、次が手段のはたらきである。人物こそ第一の宝であり、我々はみな人物になるよう心がけなくてはならない
  • 命も要らず、名も要らず、位も要らず、金も要らず、という人こそもっとも扱いにくい人である。だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることのできる人物である。またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることのできる人物である


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