イグアスの滝はサントス・ドゥモンが個人から買ったものだった?

ブラジル歴史


世界三大瀑布であり、新・世界七不思議(自然版)のひとつ、イグアスの滝は世界的にも人気のある観光地です。壮大なスケールの滝は訪れる人を魅了してやみません。そんなイグアスの滝ですが、実は100年ほど前までは個人の私有物だったということをご存知でしょうか?私たちが、イグアスの滝を気軽に訪れることができるようになったのは、「飛行機の父」として、ブラジルでは知らない者の居ないアルベルト・サントス・ドゥモンが奔走したことが背景にあります。どういうことなのか、ご紹介しましょう。

イグアスの滝の「発見者」

イグアスの滝を初めて訪れた西洋人は、Álvar Nuñez Cabeza de Vacaというスペイン人の探検家でした。1542年、インディオに案内されてイグアスに到達したこの人物が、イグアスの滝の「発見者」として記録されています。

集落の形成

この地に人が移住し始めたのは、「発見」から300年以上も後になった1881年のことです。これは明治十四年にあたり、日本では板垣退助が自由党を結成するなど、自由民権運動の機運が高まっていた時期です。ブラジル人のペドロ・マーチンス、スペイン人のマヌエル・ゴンザレスの二名が、イグアスの滝周辺に移住した最初の人々でした。

その八年後に国境に軍事関係者の集落が形成され、これが現在、観光客がイグアスの滝へ訪問する際の拠点となるフォス・ド・イグアス市の原型になりました。軍事関係者の集落は1914年に「イグアス村(Vila Iguassu)」として独立しました。1918年には、「フォス・ド・イグアス市(意味:イグアスの河口)」と名称変更して現在に至ります。イグアスの滝に訪れる観光客の多くは、このフォス・ド・イグアス市に宿をとります。

ブラジル、アルゼンチン、パラグアイと国境を接するイグアス

世界最大の水力発電所の誕生


70年代には隣国パラグアイとの共同管理で、当時世界最大の水力発電所であるイタイプ水力発電所(現在は世界2位)が建設され、フォス・ド・イグアス市の人口は飛躍的に増加しました。1970年の人口が3万4千人であったのに対して、80年には13万人に増加しています。(直近の人口は25万人です)

サントス・ドゥモンとイグアスの滝


1916年、「飛行機の父」として知られるアルベルト・サントス・ドゥモンは43歳の時、イグアスの滝を訪問しました。イグアスの滝を訪れる全ての人と同様、彼もイグアスの滝の美しさに魅了されました。一方で、この滝がウルグアイ人のJesús Val氏の個人的所有物であることを知って嘆きました。

サントス・ドゥモンは、自らの影響力を駆使して、パラナ州のカマルゴ知事に働きかけ、パラナ州で土地を買い取るための活動に熱意を燃やしました。彼の熱意が叶い、イグアスの滝は1939年には正式にイグアス国立公園として認められました。

イグアスの滝の施設内の目立つ場所(丁度、滝観光が終わって最後に食事休憩をする場所です)に、特徴的な帽子をかぶったサントス・ドゥモンの銅像が立っています。イグアスの滝とサントス・ドゥモンの関係を知らずに帰ってしまうブラジル人も多いですが、イグアスの滝(ブラジル側)を訪れるなら、是非、彼の銅像を探してみてください。

余談ながら、「イグアス(Iguaçu)」という言葉は先住民のトゥピ・グアラニ語で、「大きな水=I (水)+ Guaçu (大きい)」という意味があります。そのまんまですね。

イタイプ水力発電所概要

ブラジルは電力の64%を水力発電で賄っている

サントス・ドゥモンの概要

初めて空を飛んだブラジルの英雄、サントス・ドゥモン

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