神秘的!男根の聳えるサントメ‐プリンシペの歴史

サントメ‐プリンシペ(São Tomé e Príncipe)はギニア湾あるサントメ島とプリンシペ島からなる共和国で、ポルトガル語が公用語です。ブラジルと同様にポルトガル語が公用語であるということで、どんな島なのか調べたところ、島の南に巨大な男根のようなものがそびえたっていることが分かりました。

サントメ‐プリンシペの歴史

1470年にポルトガルの航海士であるジョアン・デ・サンタレン(João de Santarém)とペドロ・エスコバー(Pedro Escobar)が島を発見し、その後、植民が開始されました。入植者はマデイラ島で発展したサトウキビ産業をこの地に持ち込みました。アフリカから連れてこられた奴隷が労働力として使われました。このサトウキビ産業は、後にブラジルに持ち込まれて大規模化したために当地では衰退したのですが、代わりにカカオの生産が開始され現代まで続いています。サントメ‐プリンシペは、サトウキビ、カカオの栽培地として発展したほか、主にアフリカ大陸から運ばれる奴隷の交易地としての役割も担っていました。

1599年にオランダによって攻め込まれ、1641~1644年はオランダによって支配されていました。また、1709年にはフランスが1ヶ月間、サントメ市を占領しています。

また、90年代に原油鉱脈が発見され、その採掘が重要な資源のひとつとなっています。

1960年代から独立の機運が高まり、1974年にポルトガルでカーネーション革命(リスボンの春)が起こった影響で、1975年にポルトガルからの独立を果たしています。

サントメ‐プリンシペの名前の由来

サントメ‐プリンシペの名前はそれぞれ以下の由来があります。

サントメ島

サントメ(São Tomé)は、聖トマスのポルトガル語表記です。聖トマスというのは、イエスの十二使徒のひとりで、イエスが復活した時にイエスの傷口に指を入れて初めて復活を信じたという逸話で有名です。全く関係ないですが、埼玉県南部には三富(サントメ)と呼ばれる地域があります。

プリンシペ島

サントメ島の発見から一年後に発見されたプリンシペ島は、当初はサントメ同様に聖人の名前で呼ばれていました(サント・アントン島(Santo Antão)=聖アントニウス島)。その後、1502年にカピタニア制が導入され、島の名前もプリンシペ島(Ilha do Príncipe)=王子の島に改名されました。この一風変わった名前は、時のポルトガル王ジョアン二世により、愛する息子のアフォンソ王子に敬意を表して名付けられました。

カオン・グランデ峰

サントメ島の南に地表から300メートル強の高さを持つ火山由来のカオン・グランデ峰(Pico Cão Grande)があります。写真をみると、周りに何もない中に悠然とそびえるカン・グランデ峰は壮観です。頂上は標高663メートルで、頂上に雲がかかっている写真も有り、神秘的です。

カオン・グランデというのは「大型犬」という意味ですが、ウェブで調べても、なぜそのような名前が付いたのか分かりませんでした。「男根みたい」というのが筆者の第一印象でした。日本だったら「御柱山」とでも名付けられそうです。ついでながら、カオン・ペッケーノ(Cão Pequeno)という小型版もあり、こちらも男根にしか見えませんでした。

この山の登頂は登山というよりクライミングで、岩場は苔むしていて手が滑る上に、岩の隙間に沢山ヘビが住んでいて登山者の手を噛むそうです。この山に挑戦した登山家は「雨が降ると岩がガラスびんみたいに滑る」と語っていました。クレイジーすぎる設定で、ミッションインポッシブルにでも出て来そうです。登ろうとする人は居ないのではないかと思いましたが、英語版のウィキペディアによると、この奇怪な山の頂上に初めて到達したのは日本人の登山グループであると書いてありました。

↓カオン・グランデ峰に登る人