ブラジルで最もポルトガルらしい町、サン・ルイス

サン・ルイスの旧市街は、ラテン・アメリカにおいて最大かつ状態の良いポルトガル建築の残る都市として知られています。建物はポルトガルを始めとするヨーロッパ各地から持ち込まれた美しい模様の入ったタイルで飾られていることから、サン・ルイスは別名「タイルの町(Cidade dos Azulejos)」とも呼ばれています。

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また、サン・ルイスは詩人や作家を多く輩出していることから、別名「愛の島(Ilha do Amor)」「ブラジルのアテネ(Atenas Brasileira)」とも呼ばれています。さらに、1970年代にジャマイカから流れてくるラジオ番組がサン・ルイスで流行し、今もレゲエ好きな市民が多いことから「ブラジルのジャマイカ(Jamaica Brasileira)」とも呼ばれることがあります。

町中で見かけたレゲエのバンド
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そんな、いろいろな形容詞で修飾される町、サン・ルイスの見どころは何と言っても世界遺産に登録された旧市街の町並みにあります。筆者が実際にあるいた旧市街の見どころをご紹介します。

通りの名前もタイルで作られている
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カーザ・ダス・チュルハス市場

美しい建物の立ち並ぶポルトガル通りに面して、カーザ・ダス・チュルハス(Casa das Tulhas)と呼ばれる小さな市場があります。1820年に建設されたこの市場は、小さな円形の市場で、四方を建物に囲まれています。市場には、通りに面した4つの入り口があります。

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チュルハ(tulha)というのは、穀物倉庫という意味であり、現代のカーザ・ダス・チュルハスには、いくつもの商店が軒を並べています。

市場と言っても、食料品はエビや魚の干物くらいで、野菜や肉などの生鮮食品はありません。大半のお店は観光客相手に商売しています。サン・ルイスの商人は愛想が良いですが、商売熱心ではないので、みやげ物を眺めて冷やかす分には丁度良かったです。かすかに、漂う魚介類の干物の香りを嗅ぎながら、マラニョン土産を物色するのも乙なものです。

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サン・ルイスでは何故か紫色に着色されたテキーラを良く見かけます
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タイルに人の名前が書かれたお土産
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ポルトガル通り

旧市街でポルトガル風建築が最も美しく残っているのは、その名も「ポルトガル通り」と呼ばれる通りです。前述のカーザ・ダス・チュルハスの隣にあります。

色とりどりのタイルの建物と、石畳は一見の価値ありです。

ポルトガル通りにある、ヴィジュアルアート博物館(Museu de Artes Visuais)では絵画やタイルが展示されているのですが、残念ながら改修中で中に入ることができませんでした。
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夜のポルトガル通り
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土曜日の夜に、露天商が出て賑わっていました
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マラニャン州民芸品センター(CEPRAMA)

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旧市街の外れに、マラニャン州民芸品センター(CEPRAMA=Centro de Comercialização de Produtos Artesanais do Maranhão)と呼ばれる場所があります。この施設は、もともと紡績会社のあった建物を利用しており、マラニャン州の民芸品が一堂に会しており、安く購入することができます。カルナバルやサン・ジョアンの時期には会場の一つとして利用されます。

ヴィジュアルアート博物館が閉鎖中で意気消沈していたところ、気を取り直してタクシーで民芸品センターまでやってきました。入り口をくぐると、中から出てきた女性が、「今日はもう閉店よ!」と言って去っていきました。せっかくタクシーに乗ってはるばる来たのに、トンボ返りするのはあまりに悲しすぎると思って、女性のコメントを無視して中に入ることにしました。出ていけと言われたら立ち去れば良いだけの話です。

結局、追い払われることなく、自由に館内を見て回ることができたのは不幸中の幸いでした。どうやら、その日は害虫駆除をするので、特別に14時に閉館することになっていたようなのです。

素朴な民芸品が数多く展示されているほか、マラニャン名物ブンバ・メウ・ボイやカルナバルの衣裳が展示されていました。

広い敷地面積を有する建物の内部
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マラニャン名物ブンバ・メウ・ボイやカルナバルの衣裳
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サン・ルイスのお土産
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浮浪者

民芸品センターの次は、タクシーでマラニョン歴史博物館(Museu Histórico e Artístico de Maranhão )に足を運ぶことにしました。民芸品センターの側に、運転手のいない一台のタクシーが止まっていたので、乗りたそうな顔をしながら、運転手の戻ってくるのを待ちました。

そばにある石垣に、70歳くらいで日焼けして歯が半分以上抜け落ちたブラジル北東部でしばしば見かける風貌をした浮浪者が座っており、こちらをチラチラ見ていました。警戒していると、老人はこちらに近づいてきて、なにやらモゴモゴつぶやいています。物乞いかと思っていたのですが、その人がタクシーの運転手であることが分かりました。

「マラニョン歴史博物館に行きたい」と告げると、「そんな場所は聞いたことも無い」と老人は胸を張って言いました。近くを歩いていた人に尋ねてみても要領を得ず、「とりあえず、道を歩いている人に聞きながら向かおう」というなんとも頼りない状態で出発しました。そこまで難しい注文をしているわけではなく、上野で例えれば「国立西洋美術館」に行きたいというのと同じレベルです。

結局、老人はその後3人くらいに道を聞いていたのですが、終いには「旧市街(Centro Histórico)はどこにあるかね?」と訳の分からないことを口走り始めました。老人の痴呆っぷりに身の危険を感じ始めたので、その場で老人に20レアルを掴ませてタクシーを降り、自分の足で歩くことにしました。

ものの5分程度で歴史博物館にたどり着いたのですが、柵がはめられており、またもや営業している気配がありませんでした。「一体どうなってるんだ、サン・ルイス!」と心の叫びをあげて、うなだれていると、すぐ隣の分かりにくい場所に別の入り口があり、無事に入ることができました。

マラニョン歴史博物館

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前置きが長くなりましたが、マラニョン歴史博物館は、フランス人が建てたサン・ルイスで最初のヨーロッパ建築という由緒ある建物です。入場料の5レアル(約170円)を支払うと、奥の部屋から若い女性が出てきて、館内を案内してくれました。館内は撮影禁止だったので、ここでは写真を紹介できないのですが、200年前にヨーロッパから持ち込まれた家具や食器などが数多く展示されており、一見の価値があります。

アルトゥール・アゼベド劇場

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マラニョン歴史博物館と同じ通りにあるアルトゥール・アゼベド劇場(Teatro Arthur Azevedo)は、1817年に建設されたもので、綿花産業による繁栄の象徴です。中に入って5レアル(約170円)を支払うと、ミシェル・オバマ似の女性が劇場内を案内してくれました。

ミシェルさんは、劇場内を隈なく丁寧に案内してくれて、舞台裏や貴賓室まで見せてくれました。人件費を度外視したツアー内容に感動しました。

客席からの眺め
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舞台裏
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貴賓室
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奴隷が主人の演劇鑑賞の間、待機していたという場所
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マラニャン州庁舎

セー教会の前方に、立派なマラニャン州庁舎の建物(Palácio dos Leões)があります。これは、サン・ルイスの名前の由来にもなっている、フランス人が建設したサン・ルイス要塞の跡地に作られた建物で、おそらくサン・ルイスで最も立派な建物です。

セー教会
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マラニャン州庁舎
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夜のライトアップ
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レンソイス・マラニャンセス国立公園

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サン・ルイスからレシフェに行く飛行機の窓からレンソイス・マラニャンセス国立公園が見えました。広大な砂浜がどこまでも続いていました。機会があれば是非行って見たいです。