ブラジルで人気のサン=ジョージってどんな人?

ブラジルの街角で、「竜を槍で突き殺す騎士の絵」をしばしば見かけます。その名は、São Jorge(サン=ジョージ)。ブラジルでよく見かけるので、てっきりブラジル固有の聖人(アパレシーダのように)かと思いきや、イギリスの守護聖人でした。日本語名は、「ゲオルギウス」と言います。

ゲオルギウスの出自

生まれたのは270年頃のことで、現在のトルコがあるカッパドキア出身です。軍人の父親の子供として生まれましたが、ゲオルギウスがまだ若い頃に父は戦争で死に、パレスチナ人の母親の手で育てられました。

ローマ帝国での出世

ゲオルギウスは、成長すると当時の多くの若者がそうするように軍隊に入隊し、頭角を現しました。勇敢で武術に長けたゲオルギウスは、若くしてローマの軍隊長に選抜され、時のディオクレチアヌス帝は、彼を「カッパドキア司令官」という栄誉ある職位に任命しました。こうして、ゲオルギウスは20代前半の若さでニコメディア(トルコ北西部の古代都市)の宮廷で暮らすようになったのです。

ゲオルギウスはその後も立身出世を遂げ、ついにはローマ皇帝の側近の一人になりました。順風満帆に思えたゲオルギウスの生涯にこの時、転機が訪れます。

キリスト教の迫害とゲオルギウスの殉教

時のディオクレチアヌス帝は、ローマ伝統の神々への信仰にあつく、その反面でキリスト教徒を迫害する政策をとっていました。一方のゲオルギウスは敬虔なキリスト教徒で、私有財産を貧しい人々に分け与えるといった善行をするような人物でした。ゲオルギウスは、皇帝がキリスト教徒を弾圧する様子を目の当たりにして深く心を痛めていました。

ディオクレチアヌス帝は、キリスト教弾圧を進めるべく、303年にローマ帝国全土に、キリスト教徒の強制的な改宗、キリスト教徒の逮捕および投獄の勅令を発しました。

これを受けて、ゲオルギウスは、勅令が馬鹿げたものであるとして真っ向から反対意見を述べたばかりか、むしろローマ人はおしなべてキリスト教徒に改宗すべきだという対立意見を主張したのです。皇帝の側近(ゲオルギウス)の口から、皇帝の意見を頭から否定するような意見が主張される様子を見て、人々は驚きを隠せませんでした。

ローマ執政官より、その主張の理由を尋ねられたゲオルギウスは、「私は真理を信ずるものであり、いかなる犠牲を払ってでも真実な人間でありたい」と気焔を吐いたのです。そして、「真理とは何か?」という執政官の問いに対しては、「真理はあなた方が迫害しているイエス=キリストにある。私はイエス=キリストのしもべであり、真理の証言を主のためにするのだ」と答えたといいます。

これを聞いたディオクレチアヌス帝は、もちろん怒り心頭になり、ゲオルギウスに棄教を迫り、ゲオルギウスに無残な拷問を与えました。拷問の後に再び皇帝の前に引き出されたゲオルギウスは、「どうだ、キリスト教の信仰を捨てる気になったか?」と問われました。

しかし、ゲオルギウスは度重なる拷問にも屈することなく、皇帝からの棄教命令に反対しました。この様子は、多くのローマ人が見るところとなり、人づてに多くの人に知られることとなりました。また、この様子を見ていた王妃は、のちにキリスト教に改宗したとか。

ディオクレチアヌス帝は、もはやゲオルギウスの改宗が難しいと判断し、斬首を命じました。そして、303年4月23日にゲオルギウスはニコメディアの町で斬首刑に処せられたのです。その後、ゲオルギウスはイエス=キリストへの信仰に殉教した勇者として、聖人の一人に列されることとなりました。

ゲオルギウスとドラゴン

筆者がゲオルギウスについて書きたいと思ったきっかけは、ブラジルの町中で見かけたゲオルギウスの絵がきっかけでした。その絵とは、ゲオルギウスがドラゴンを槍で退治している様子を描いたものです。

ゲオルギウスとドラゴンの関係は、ある伝説に由来しています。

言い伝えでは、ゲオルギウスの管轄領地内につばさの生えたドラゴンが住んでいました。このドラゴンは人間を食い殺すことで、周辺住民の悩みの種になっていました。住民たちは、ドラゴンを集落から遠ざけるために、羊をエサとして供与してみたのですが、効果が薄かったので結局、人間の子供をエサとして提供せざるを得ませんでした。

ある時、ドラゴンへの生贄に幼い王女が選ばれました。残酷な運命を受け入れた王女は、町を出てドラゴンの住む場所に向かいます。たまたま、近くで野営していたゲオルギウスが、話の一部始終を聞いて、この悲しい物語に終止符を打つことを決意しました。

ゲオルギウスは、王に謁見し次のような条件を提案しました。
「もしあなたの王女を無事に連れ戻すことができたなら、あなたとこの国の民はキリスト教徒に改宗してください」
王が条件を受け入れると、ゲオルギウスは白馬にまたがり、ドラゴンとの戦いに向かいました。

ゲオルギウスは、ドラゴンと激しい戦いを繰り広げ、最後にドラゴンの頭に「アスカロンの槍(Ascalon)」を突き刺してとどめをさしました。ドラゴンを縛り上げ、町まで運び、住民の目の前でドラゴンの首を刎ねたことにより、住民は全員キリスト教徒に改宗したとか。

ゲオルギウスはなぜ人気なのか

ブラジル人でサン=ジョージ(ゲオルギウス)のことを知らない人は皆無といっても過言ではありません。なぜ、サン=ジョージが人気なのか、ブラジル人に聞いてみました。

ブラジルでは特定のモノゴトに関して、祈るべき聖人が決まっています。例えば、雨を降らせて欲しい百姓は「聖ペドロ」に祈ります。また、結婚がしたい独身者は「聖アントニオ」に祈るといった具合です。

では「聖ゲオルギウス」は何の聖人なのかというと、彼は「戦いの聖人(Santo Guerreiro)」だということです。戦いといっても、解釈によってはいろいろあって、カトリック教徒の人々は就職活動や入学試験の際などに力をください、と祈ることがあるそうです。日常生活に艱難のあふれるブラジルでは引っ張りだこの聖人なのです。

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