ブラジルで最初に通貨を鋳造したのはオランダ人

ブラジルはポルトガル人の植民地だった場所ですが、1630年から1654年までの短い期間においては、オランダ人がブラジルを支配していました。オランダ人の勢力が及んだのは、現在のペルナンブーコ州を中心としたノルデスチ(ブラジル北東部)でした。

オランダ人は、ブラジルの歴史、とくにペルナンブーコ州の歴史において重要な役割を果たしています。ペルナンブーコ州のキャピタルであるレシフェはかつては港があるに過ぎない場所でしたが、オランダ人が「低い所が好き」という理由で開発を進めたことが基礎となり、現在ではノルデスチの一大経済都市に変貌を遂げています。

オランダ人が来る前のペルナンブーコの経済的中心部は、オリンダでしたが、オランダ人に打ち棄てられた結果、現在では歴史的な街並みを残すエリアとして世界遺産に登録されるに至っています。

オランダ人によるブラジル支配は短命に終わりますが、ポルトガル軍による支配から逃れるためにアメリカに渡ったペルナンブーコのユダヤ人が「ニューヨーク」を建設したという話もあり、オランダ人とブラジルの歴史への関わりについての興味は尽きません。

実は、オランダ人はもう一つ、ブラジルにおいて重要な役割を果たしています。彼らは、ブラジルにおいて初めての通貨を鋳造したのです。

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1500年にブラジルが「発見」されてから、ポルトガルによる植民時代においては、ポルトガルで鋳造された「ヘイス」という通貨が利用されていました。ヘイスというのは、通貨レアル(Real)の複数形ヘイス(Réis)から来ています。現在でもブラジルの通貨として使われている通貨レアル(Real)は、もともとポルトガルで使われていた通貨単位なのです。名称の意味はRealeza(王位)から来ています。砂糖産業の発展に伴い、1614年からは「砂糖」がブラジルの公式通貨として制定されていた時期もありました。

ブラジルでは、既に「ヘイス」が流通していましたが、それはブラジルで鋳造されたものではありませんでした。オランダ人が鋳造したのがブラジルで初めて鋳造された硬貨となったのです。硬貨の名前は、フローリン(os florins=オランダの旧貨幣単位)とソリドゥス金貨(os soldos=ローマ帝国の金貨)と呼ばれていました。

オランダの撤退後、1694年にポルトガル王が、当時のブラジルの首都であったバイーアに鋳造所を建設しました。翌年1695年にポルトガル人による初めての硬貨鋳造が開始され、ポルトガル本国同様にヘイス(Réis)と呼ばれるようになりました。

このヘイスは1942年にクルゼイロ(Cruzeiro)が登場するまでおよそ250年にわたり、ブラジルの通貨として流通しています。

Ricaldo Brennand博物館に展示されているブラジルで最初に鋳造された硬貨
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