ブラジルのビール誕生の地、ペトロポリスの歴史

ブラジルのビール勢力図は2012年時点で大体下記の通りとなっています。

ブラジルのビール製造会社のマーケットシェア

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参照元

この中でも、ぼくはペトリポリス社の「イタイパーバ(Itaipava)」やアンベブ社の「ボヘミア(Bohemia)」を割と好んで飲んでいます。どちらにも共通するのが、リオデジャネイロ州のペトロポリスで作られているという点です。いつもお世話になっているので、この機会にペトロポリスという町について少し調べて見ました。

ペトロポリスの名前の由来

ペトロポリス(Petrópolis)は、ペトロブラス(ブラジルの石油会社)に名前が似ていますが、町の名前は石油とは関係ありません。ペトロポリスのペトロは、ドン・ペドロ二世(Dom Pedro II)のペドロに由来しています。ポリスというのは「町」と言う意味があるので、ペトロポリスと言う名前は、ペドロ二世に敬意を表して付けられましたということがわかります。

ドン・ペドロ二世ってどんな人?

1822年にブラジルがポルトガルから独立すると、ドン・ペドロを皇帝とするブラジル帝国が誕生しました。ブラジル帝国は、共和制が敷かれる1889年までの約70年間、親子二代の皇帝によって治められました。ドン・ペドロ二世はイピランガのほとりで「独立か死か!」と叫んだといわれるドン・ペドロの息子で、わずか5歳の時に皇位を継いでから、およそ60年もの長い期間に渡ってブラジル帝国に君臨しました。

ポルトガル生まれのオヤジ殿と異なり、ペドロ二世はブラジル生まれでした。ペドロ二世の即位はブラジルがブラジル人の皇帝により統治される国になったことも意味していたのです。

ペドロ二世の帝政はブラジルのコーヒー経済の発展とともに繁栄しました。当初はリオデジャネイロ周辺が主なコーヒーの生産地でしたが、生産地は徐々にサンパウロ周辺へと移っていきました。生産地の移動に伴い、サンパウロの農場主たちは経済的な力を高めてきました。経済力に見合った政治的権力がないことに不満を覚えたサンパウロの共和主義者達は、パラグアイ戦争で勝利したブラジル陸軍を担いで、クーデターを起こし共和制を打ち立てます。

コーヒー経済で繁栄したペドロ二世の帝政は、コーヒー経済の繁栄の“副作用”で終焉したのです。

ペトロポリスってどんな町?

ペトロポリスは高原地帯にある町で、カリオカ(リオ出身のブラジル人)が冬の寒さを楽しむための選択肢の一つとして人気がある場所です。寒冷な高原地帯であり、きれいな水が採れるので、ビール造りに最適な土地と考えられました。ペトロポリスの街中にはドン・ペドロ二世の時代に建設された見事な王宮や邸宅が今でも多く残されています。

1845年に建設された王宮は、当時の皇帝の家族が夏の別荘として利用していたもので、当時の家具、宝石、書類などが保存されています。

ペトロポリス・グループ

ペトロポリスは、1853年にブラジルで初めてビールが製造された地です。イタイパーバのブランドで知られるペトロポリス・グループが誕生したのはそれから150年近く経過した1993年でした。

黎明期

イタイパーバは、発売当初、単なる地ビールとみなされ、品質基準も明確に決められていなかったため、安定した売上高を上げることが困難だったようです。売上維持のため、値下げによる販売量増加を図ったものの、それが「安物ビール」の印象を消費者に植え付けてしまい、低く見られる時期が続きました。

ブランド価値再建

1999年に経営陣が刷新され、イタイパーバのブランド価値向上が目標に掲げられました。

新経営陣がとった、1つ目のアクションは、ビールの品質基準を設定することでした。当時、同社のビールは品質の不安定さが消費者離れの原因のひとつと考えられていました。

2つ目のアクションは市場におけるブランド・イメージの刷新でした。それまでの安物ビールというイメージを払拭し、高い品質基準で価値を高めていくことが目標として設定されました。

品質改善の第一歩は、市場調査から始まりました。調査の結果、ブラジル人はニガ味の少ないビールを好むということが分かったため、経営陣は味を変更しました。

また、世界で活躍する一流のビール・マイスターを招いて、ビールの醸造工程の改良(原料選び、製造ラインの改善)に乗り出しました。これにより、イタイパーバは全く新しいビールに生まれ変わりました。

2002年には350ml缶の飲み口にアルミ箔のカバーを付けて、飲み口が汚染されるのを防止したほか、プレミアム感を醸成しています。

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このような努力が功を奏し、2003年にはイタイパーバはブラジルで最もシェアを伸ばしたブランドとなりました。

ペトロポリス・グループは、2014年のブラジル・ワールドカップに向けて建設されたサッカー・スタジアムにもイタイパーバの名前を付けるなど、ブランド力向上に力を入れています。レシフェのスタジアムは、イタイパーバ・アリーナ・ペルナンブーコ(Itaipava Arena Pernambuco)、サルバドールのスタジアムは、イタイパーバ・フォンチ・ノーヴァ(Itaipava Arena Fonte Nova)と名付けられました。レシフェのスタジアムでW杯日本戦を観戦した時に、会場で独占販売されていたのは皮肉にもブラーマのビールでしたが!

参考情報

イタイパーバ(Itaipava)の名前の由来

イタイパーバという名前は、ブラジルの多くの名詞がそうであるように、もともとインディオの言葉に由来しているようです。イタイパーバには、小さい滝、滝の下にある岩、という意味があり、ペトロポリス市には同名の地区があります。写真を見ると、風光明媚な場所らしく、おそらく地区内に滝があることからその名前が付けられたのではないかと思いますが、これがそのままビールのブランド名となったのです。