カヌードス戦争の古戦場と記念博物館の訪問記

このサイトで何度か「カヌードス戦争」について書いていますが、戦争が行われた場所(バイーア州北部)に実際に行ってみたので、その訪問記をご紹介します。

アントニオ・コンセリェイロ記念館

アントニオ・コンセリェイロが拓いた千年王国カヌードスは、カヌードス戦争後に破壊され、人造湖(ココロボ湖)の底に沈められてしまいました。

集落があった場所からほど近い場所にカヌードスという町がありますが、これは戦後作られた町です。歴史の舞台となったカヌードスは、古カヌードス(Canudos Velho)、現在のカヌードスは、新カヌードス(Canudos Novo)と呼ばれて区別されることもあります。

新カヌードスは、特筆するべきものの無い小さく素朴な田舎町です。IBGEのデータによると、2016年時点の人口は17,000人でした。町の一角には、カヌードス戦争の時に銃弾で撃ち抜かれた十字架が展示された聖堂があるということで、行ってみました。

件の聖堂は、町行く人に教えてもらわなければ見過ごしてしまうほど目立たない外観でした。土曜日の午後3時頃いったのですが、門が締まっており、噂に聞く十字架は見ることができませんでした。残念。

この聖堂の他に、新カヌードスの町の一角に、「アントニオ・コンセリェイロ記念館(Memorial Antônio Conselheiro – MAC)」があると言うことなので、気を取り直してそちらに向かいました。

不運は続くもので、アントニオ・コンセリェイロ記念館も既に閉館していました。これでは、わざわざこんな辺鄙な場所まで来た意味がありません。諦め悪く、入り口の前で悄然としていると、中から若い青年が出てきました。

一緒に行ったAさんが「わざわざ日本から来たから、5分だけ見せてくれない?」と頼むと、青年は快く我々を中に入れてくれました。その後、我々はゆっくり30分くらい展示品を見ることができました。

記念館では、カヌードス戦争で実際に使われた薬莢やグレネード弾などが展示されていました。

97年の映画『カヌードス戦争(Guerra de Canudos)』でアントニオ・コンセリェイロ役が使ったガウンとマスクも展示されており、不気味です。

アントニオ・コンセリェイロ

カヌードス集落

カヌードス全体図

カヌードス州立公園

湖の底に沈んだ古戦場周辺は、1986年にカヌードス州立公園(Parque Estadual de Canudos – PEC)として整備されています。

公園内には、死の谷(政府軍が死者を埋葬した場所)、斬首の谷(反乱軍の人々が馘られた場所)等があり、かつての悲劇に思いを馳せることができます。また、政府軍が駐屯した「ファベーラの丘」からは、かつてカヌードスの集落があった場所が見渡せます(現在は、湖の底に沈んでいます)。戦後、ここに駐屯していた元黒人奴隷の兵士たちがリオデジャネイロに流入して建設した集落が「ファベーラ」と呼ばれ、現在でも悪名高い「ファベーラ」の原型となりました。

ファベーラの起源はカヌードス戦争に由来
ブラジルに関係する人でファベーラ(favela)という単語を知らない人はいないでしょう。あまりにも有名なこの単語をブラジルの辞書(アウレリオ)で調べると、次のように定義されています。 簡易的に建設された住居群(通常丘の上に立つ)で、劣悪な衛生環境を...

ファベーラの丘

ファベーラの丘から見たココロボ湖(かつて、カヌードスがあった場所)

ファベーラの丘にある十字架のモニュメント

カヌードス戦争について記録を残した人等のパネル

相当マイナーな観光地ではありますが、歴史好きであれば一度訪れる価値はあると思います。