ユダヤ教の過越祭とキリスト教の復活祭の関係

イースター(復活祭)はポルトガル語ではPáscoa(パスコア)という名前で呼ばれています。これは、ユダヤ教三大祭りの一つ、Pessach(ペサハ=ヘブライ語)、日本語でいう過越祭(スギコシノマツリ)に起源を有しているという記事を書きました。

なぜ、ポルトガル語ではイースターと呼ばずにパスコア(過越祭)と呼ぶのでしょうか。それは、キリストの誕生するずっと前から、この時期がユダヤ教徒によって過越祭(パスコア)として祝われていたからです。

それでは、ユダヤ教徒の過越祭とキリスト教徒の復活祭はどのような関連があるのでしょうか。

過越祭とキリスト復活との関連

8日間続く過越祭の初日においては、セデル(Seder)と呼ばれる祝宴が持たれます。この日、ユダヤ人は家族を集めてごちそうを囲みます。セデルの祝宴において食卓に並べられるのは、次のようなものです。

セデルの献立

  • マッツァーと呼ばれる種を入れないパン:エジプトから脱出する際に、時間がなかったために種をいれたパンを作れなかったことを思い出すため。
  • 苦菜(セイヨウワサビの根など):イスラエル人がエジプトで味わった苦難を現す。
  • ハローセト(果実とナッツなどで作ったペースト):エジプトで奴隷だった時に作ったレンガをつなぐのに使用された泥を思い出すため。
  • ゼローア(子羊または子ヤギのすね肉):エジプト中の初子が殺された時に、子羊の血が門に塗られた家は死の使いが通り過ぎたことを象徴する。

いけにえの必要性

旧約聖書の出エジプト記12章において、過越祭りの際に子羊を犠牲として殺すことが神から指示されています。旧約聖書の時代においては、この神の命令を守って、ユダヤ人のすべての家庭において過越の晩に子羊をいけにえとしてささげていました。いけにえを捧げることは、神がイスラエル民族を奴隷という立場から解放し、故郷に戻してくれたことに感謝し、感謝の気持ちを風化させないために大切な儀式でした。

ところで、聖書では「人々が神にささげるため、子羊をいけにえとして捧げた」という話が何度も出てきます。

いけにえを捧げる目的は色々ありますが、そのひとつに、人々が犯した罪を「贖う(あがなう)」という目的があります。つまり、子羊を殺していけにえとしてささげることで、罪が赦されると考えられていたんですね。

当時の人々にとって、子羊は貴重な財産であり、これを殺していけにえにするということは、自分の持っている貴重なものを手放し、神に敬意を表すという考えがありました。また、ささげる人は、子羊に自分自身を投影していました。自分には罪があり、自分は死に値する者であるけれども、身代わりとして動物の命を捧げることで赦しを願うという考えもあったのです。

イエスによる最後の晩餐は過越祭に行われた

last supper

イエスが十字架で死ぬ前日、12人の弟子と共に最後の晩餐を行っています。この最後の晩餐が行われたのはイスラエル人が過越祭を行っている時でした。つまり、最後の晩餐は前述したセデルの儀式として行われたのです。イエスは、なぜ過越祭の期間を選んだのでしょう?それは、イエスが自分自身を過越祭の際に犠牲として屠られる子羊に見立てていたからです。

神の子羊としてのイエス(ヨハネ1:29)は、世の人々の罪の赦しを乞うために、自らを犠牲の「いけにえ」として血を流したのだと聖書に書かれています。イエスの血は多くの人の罪を赦すために流されたのです。

最後の晩餐でイエス自身が語ったとされる言葉によると、イエスの死によって、イエスの体が裂かれ血が流されることによって、イエスは神と人々とを和解させ、神との間に「新たな契約」を結んだとされます。

ユダヤ人にとって、最初の月(ユダヤ歴の1月)に行われる過越祭の時に、イエスは、自らを犠牲とし、神との間に「新たな契約」を結んだのです。イエス誕生後に神から語られた言葉が綴られた文書が「新約聖書」と呼ばれるのは、新たな契約を結んだところに由来しています。