イースターは、モーセのエジプト脱出に由来

イースターは、キリストの復活を記念する日(復活祭)とされ、ブラジルではクリスマスと同様、イースターのお祝いを重視しています。スーパーではイースターエッグ(チョコレート)の特設コーナーができて、小売業界にとっても重要なイベントの一つになっています。

しかし、イースターは元々はユダヤ教徒の行事であり、キリストが誕生するよりも1,700年程も前の出来事に由来するものだということをご存知でしょうか。

ブラジルでは「イースター」ではなく「パスコア」と呼ばれる

ところで、イースターはポルトガル語ではPáscoa(パスコア)という名前で呼ばれています。イースターとは全く異なる名前の由来はどこにあるのでしょう?

実はこれは、ユダヤ教三大祭りの一つ、Pessach(ペサハ=ヘブライ語)、日本語でいう過越祭(スギコシノマツリ)に起源を有しています。

スギコシノマツリという変わった名前は、旧約聖書の創世記の次に続く書物、「出エジプト記」に出てくる物語に由来しています。出エジプト記といえば、モーセが紅海の水を分けてイスラエル人とエジプトを脱出すること話などが有名ですね。

この記事では、過越祭が行われるに至るまでの経緯をご紹介します。少し長くなりますがお付き合いください。

過越祭の由来

過越祭の由来はイエス・キリストが生まれる1,700年ほど前のパレスチナまで遡ります。

イスラエル人のヨセフが奴隷としてエジプトに売られる

神がイスラエル人に与えたという約束の地、また「乳と蜜の流れる地」とも呼ばれたカナンで生まれたヨセフは、父親から溺愛されていました。彼は不可解な夢の理由を読み解くことのできる特殊な能力を持っていました。ヨセフの兄弟達は、父親からえこひいきされているこの特別な弟が憎くて仕方がなく、エジプトの奴隷商人に売り飛ばしてしまいます。

ヨセフがファラオの右腕になる

エジプトで奴隷としての生活を十数年送っていたヨセフは、ある時、エジプト王のファラオから宮廷に呼び出されます。それは、ファラオが何度も奇妙な夢を見たことが原因だったのです。エジプト中の誰もファラオの見た夢が何を意味するのか読み解くことができませんでした。ヨセフがファラオの夢を聞くと、その夢の意味を直ぐに理解しました。夢の内容は次の通りでした。

「今後7年間は、気候に恵まれ豊作の年が続くが、その後のやってくる7年間は恐ろしいほどの飢饉がやってくる。」

ヨセフの言った通り、その後7年間豊作の年が続いたため、ファラオはヨセフの解釈を信じて食料を貯蔵しました。ファラオは、神に愛されているヨセフの力を非常に気に入り、王に次ぐ権力を持つ宰相の地位にヨセフを任命しました。

イスラエル人のエジプト移住

ヨセフの解釈通り、豊作の7年間の後には、厳しい飢饉が7年間続きます。飢饉はエジプトだけでなくカナンの地も襲いますが、エジプトでは十分な食料の蓄えがあるので、食料で困ることはありませんでした。そんな時、ヨセフの兄弟達が食料を求めてエジプトまでやってきます。家族の苦境を知ったヨセフは一族郎党がエジプトに移住するように勧めます。この時から、イスラエル人のエジプトでの生活が始まりました。

ヨセフの死とイスラエル民族の人口増加

エジプトの宰相であったヨセフとその家族が死んだ後も、イスラエル民族はエジプトで人口を増加させていきました。新しく就任したファラオは、ヨセフがエジプトを救ってくれた歴史を全く知らなかったので、イスラエル民族の増加を見て将来の反乱を危惧するようになりました。イスラエル民族がこのまま増加するのを見逃していたら、エジプトの敵となるのではないかと考えたのです。

イスラエル民族の奴隷化とモーセの誕生

イスラエル民族の増加を恐れたファラオは、エジプトに住むイスラエル民族を奴隷に貶め、奴隷としてこき使うようになります。そんな時代のエジプトでイスラエル民族の子孫として生まれたのがモーセでした。

モーセは、イスラエル民族をエジプトから脱出させることを神から命じられます。

ファラオの拒絶とエジプトに起こった災害

モーセはファラオの元に行き、「イスラエルの神の命令に従って、イスラエル民族とともにエジプトを出て荒れ野で神に生贄を捧げさせてくれ」と頼みます。しかし、ファラオはモーセがエジプトからイスラエル民族を連れ出すことによって貴重な労働力が失われることを恐れたので、この申し出を拒絶します。

これを受けて、神はエジプトに様々な災害を引き起こします。ナイル川の水を血に変えたり、大量のかえるを繁殖させてエジプト中の家々や王宮に発生させたり、ぶよやあぶを大量発生させたりします。最も深刻な災害は、エジプト中の家で長男が死ぬという災害でした。これが過越祭の由来となっています。ようやく、イースターの由来が出てきます。

全ての初子が死ぬ

神はモーセを通して、ファラオに次のように警告しました。

「今夜、わたしはエジプトの町中を通る。その時にエジプト中の家族の初子を殺す。ファラオの息子も例外ではない。家畜の初子も殺す。エジプト中を今まで聞いたこともないような嘆きの声が覆いつくすだろう。エジプト中の民が、イスラエル民族に出て行ってもらいたいと望むことだろう。」

神はまたイスラエル民族に次のような指示を与えます。

「子羊を殺し、その血を各自の家の門に塗ること。そして、朝まで絶対に外に出ないこと。わたしがエジプト中を通り、初子を殺すからだ。もし、門に子羊の血があった場合には、その家は『過ぎ越す』」

イスラエル人のエジプトからの脱出

神の約束通り、その夜、エジプト中の初子が死にました。ファラオの息子も例外ではありません。一方で、モーセの言葉を信じ、子羊の血を門に塗ったイスラエル民族の家では難を免れることができました。その夜のうちにファラオはモーセを呼びつけて、イスラエル民族を連れてエジプトを出ていくように命じました。それは、イスラエル民族がエジプト移住してから430年目のことでした。

過越祭はどんな祭りなのか

エジプトを襲った最後の災難は、イスラエル民族によるエジプト脱出の契機、奴隷からの解放を象徴する出来事として、イスラエル民族が未来永劫的に記憶するように神より命令されています。その時期は、3月又は4月に行われます(ユダヤ歴の第1月15日-21日)。

過越祭において、イスラエル民族は生贄の子羊又は子ヤギを夕方に殺します。その日の夜のうちにこれを火で焼き、苦菜イーストを入れないパンと一緒に食べます。苦菜を食べるのは、祖先がエジプトで味わった苦しみを思い出すため、イーストを入れないパンを食べるのは、エジプトを脱出する時に慌ただしい中でイーストを入れてパンを膨らませる余裕がなかったことを思い出すためのものです。

過越祭においては、上記の食事をとり、祈りが行われるほか、家族の中で最年少の子供が次のような質問をすることになっています。「この祭りにはどんな意味があるの?」これに対して、「エジプトで奴隷として苦しんでいたイスラエル民族を神が救い出してくれたんだよ。」ということを親が教えるという儀式があります。

過越祭とイエス・キリストの復活祭との関連

では、なぜブラジルではイースター(復活祭)が過越祭に由来するパスコアと呼ばれるのでしょうか?これについては長くなりそうなので、別の記事でご紹介しています。興味のある方はこちらもご一読下さい。

ユダヤ教の過越祭とキリスト教の復活祭の関係
イースター(復活祭)はポルトガル語ではPáscoa(パスコア)という名前で呼ばれています。これは、ユダヤ教三大祭りの一つ、Pessach(ペサハ=ヘブライ語)、日本語でいう過越祭(スギコシノマツリ)に起源を有しているという記事を書きました。 な...

旧約聖書の「出エジプト記」の現代語訳は読みやすくて、短編小説を楽しむような感覚で読めてしまうので、読んだことがない方は一度読んでみてください。