リオ名物ポン・ジ・アスーカルとロープウェーの歴史と由来

リオデジャネイロといえば、ポン・ジ・アスーカル(Pão de Açúcar)という巨大な岩(丘)が有名です。花崗岩でできた一つながりの岩であり、推定年齢は6億歳以上とも言われています。
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名前の由来

ポン・ジ・アスーカル(直訳:砂糖のパン)という名前にはいくつかの由来があります。ブラジルの砂糖産業の最盛期である16~17世紀において、精製された砂糖をヨーロッパに輸出する際に、円錐形に整形されていました。その砂糖のかたまりは、ポン・ジ・アスーカルと呼ばれていたそうです。リオの観光名所は、その砂糖の山に見た目が似ていることから、ポルトガル人がポン・ジ・アスーカルという名前を付けたという説があります。なぜ、円錐形にしたかと言うと、この形が砂糖を乾燥させるのにちょうど良いものと考えられたためです。ポン・ジ・アスーカルは45日間乾燥させた後に、崩されて粉状にされて、良質な部分は輸出用に、それ以外は国内消費に回されました。

ポン・ジ・アスーカル(Pão de Açúcar)
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Wikipediaより:撮影Paulo Camelo)

また、グアナバラ湾一帯に住んでいたインディオが、トゥピ語で「パウナスクアン“Pau-nh-açuquã”」と呼んでいたことに由来するという説もあります。パウナスクアンというのは、「尖って高い丘」という意味があるそうです。(なお、ぼくはトゥピ語は読めないので、カタカナの読み方は間違っているかもしれません。)

100年以上前に建設されたロープウェー

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ポン・ジ・アスーカルとセットになっているのが、丘の頂上と麓のヴェルメーリョ海岸を結ぶ二つのロープウェーです。ポン・ジ・アスーカルにロープウェーが掛かったのは1912年のことで、既に100年もの歳月が経っています。1912年というと、明治天皇が崩御なされた年、タイタニック号が沈没した年、清朝が滅亡した年だそうです。

ロープウェーは、ブラジルでは「ボンジーニョ(Bondinho)」と呼ばれています。建設当初のロープウェーの乗り物が、当時リオデジャネイロ市内を走っていた路面電車(bondes)の車両にそっくりだったことからこの名前で呼ばれるようになりました。

ロープウェーが建設される前からも、ポン・ジ・アスーカルの上から見渡すグアナバラ湾の美しさには定評があったようです。ポルトガル王室がブラジルに遷都した年(1808年)から100年後の1908年に、ポン・ジ・アスーカルにロープウェーを建設する計画が持ち上がりました。
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ポン・ジ・アスーカルからの眺め
ロープウェーの建設がはじめられた時、世界にはまだ2つしかロープウェーが存在しませんでした。一つが、1907年にスペインのウリア山に建設されたもの。もう一つが、1908年にスイスのウェッターホルンに建設されたものでした。

ロープウェーの建設には400人以上の作業員が携わりました。彼らは、建設に必要な部品を自ら背負って運び、ロープウェーを建設したそうです。まず1912年10月に、ヴェルメーリョ海岸とウルカの丘を結ぶ路線が開通し、3ヵ月後の1913年1月には、ポン・ジ・アスーカルの頂上まで行けるようになりました。1972年には、並行する路線をを1本増やした他、鋼鉄のケーブルの取り換えが行われ、車両の刷新も行われています。

写真撮影のポイント

ポン・ジ・アスーカルのロープウェーに乗って写真を撮った場合、被写体が近すぎるので、ポン・ジ・アスーカルの全体像をうまく写真に収めることができないのですが、ポン・ジ・アスーカルから少し離れた場所にある公園(Espaço Cultural do Monumento Estácio de Sá)から写真をとると、いい写真が撮れることがわかりました。
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ポン・ジ・アスーカルからセントロに戻る途中に、タクシーの運転手が気を利かせて車を停めてくれたので、いい写真を撮ることができました。

↓妻ブログ
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