歴史好きにはタマラナイ!発見のモニュメント


発見のモニュメント(Padrão dos Descobrimentos)は、リスボンのベレン地区テージョ川のほとりに立つ有名な記念碑です。その名の通り、大航海時代におけるポルトガルによる未知の土地の「発見」を記念するものです。

アフォンソ・エンリケスによってポルトガルが建国されたのは1140年のことでしたが、建国の丁度800年後の1940年「ポルトガルの世界エキスポ(Exposição do Mundo Português)」がリスボンのベレン地区で開催されました。発見のモニュメントは、その時に増設された記念碑です。

1940年は、ポルトガルがスペインから独立を勝ち取った1640年から300年の記念でもありました。ついでながら、この年からポルトガル最後の王朝、ブラガンサ王朝が始まりました。ブラガンサ王朝は、ブラジルに遷都していた時期があり、ブラジル初代皇帝ペドロ1世を輩出した王朝で、ブラジルとも関連が深いです。

発見のモニュメントは建築家のコチネッリ・テルモにより設計され、レオポルド・デ・アルメイダによって彫刻が施されました。オリジナル作品はエキスポ用の仮設でしたので、1958年に解体され、その後、代わりにコンクリートと石を使ったものが立て直されました。コンクリ―トで作られた発見のモニュメントは、記念碑の先頭に立つエンリケ航海王子の死去500年後の1960年に完成しました。


AO INFANTE D.HENRIQUE E AOS PORTUGUESES QUE DESCOBRIRAM OS CAMINHOS DO MAR.
(エンリケ王子と新航路を発見したポルトガル人へ)


NO V CENTENÁRIO DO INFANTE D.HENRIQUE 1460 – 1960
(エンリケ王子の500回忌に。1460年―1960年)

発見のモニュメントは、高さ50メートル、幅20メートルという巨大なもので、ポルトガルの「発見」に貢献した33名の像が彫られています。船首に彫られているのは、カラヴェラ船を手にしたエンリケ航海王子です。エンリケ像の高さは9メートルあるそうです。発見のモニュメントは、それ自体もカラヴェラ船の形になっています。後ろ側からみると、帆柱が十字架のフォルムになっています。

33名の偉人を何名か紹介します。

① エンリケ航海王子(あえて説明は不要ですね!)

② アフォンソ5世(エンリケ航海王子の長兄、ドゥアルテ王の息子で、ドゥアルテ王の後にポルトガル王を継ぎました。この人は、スペインの王位継承問題でスペインのイザベル1世と争っています。その争いの結果、トルデシーリャス条約の下になる合意がスペイン・ポルトガル間でなされ、のちにブラジルがポルトガル領となるきっかけになります。)

③ ヴァスコ・ダ・ガマ(インド航路を開拓した航海士)

ペドロ・アルヴァレス・カブラル(ブラジルを「発見」した航海士)


⑤ フランシスコ・ザビエル(宣教師。ついでながら、ザビエルはポルトガル人ではなく、フランスとスペインの境界にあるナバラ王国生まれのバスク人です。これについては、司馬遼太郎の紀行本(街道をゆく 22 南蛮のみちI)に詳しい話が紹介されています)

⑥ ペドロ王子(エンリケ王子の兄で、エンリケのよき理解者。兄ドゥアルテ王の息子、アフォンソ5世によって無実にもかかわらず反逆罪に処され、アルファロベイラの戦いで無残な死を遂げています。)

⑦ フィリパ・デ・ランカスター(エンリケ王子の母親。イングランドからジョアン1世(アヴィス王朝の開祖でエンリケ王子の父)に嫁いだ人です。ちなみに、ジョアン1世とフィリパの婚姻により結ばれた英葡永久同盟は1373年から現在まで続く世界最古の同盟です。)


※逆光のため、良い写真が取れませんでした…。

ジョアン・ゴンサウベス・ザルコ(ポルトガル人が外海に出るのに非常に重要な役割を果たしたマデイラ島を発見した人。マデイラ島はブラジルの砂糖産業の起源でもあります。)

⑨ フェルナンド聖王子(エンリケ王子の弟。アフリカのタンジェ(セウタの隣)攻略の際に、エンリケ王子の身代わりとして人質になり、そのまま刑死した悲劇の王子です。)

発見のモニュメントは見学に入場料を支払う必要はありません。外から眺めて記念撮影するだけでも十分ですが、時間があればモニュメント内部にあるエレベーターに乗って、展望台からベレン地区の景色を眺めるのも良いです。展望台は有料(7ユーロ)ですが、あまり混雑しておらず筆者の時は待たずに上ることができました。展望台からは、テージョ川、ベレンの塔、ジェロニモス修道院を見ることができます。

展望台から見たベレンの塔(左の角)とテージョ川

展望台から見たジェロニモス修道院

展望台から見たテージョ川とキリスト像、4月25日橋(4月25日はカーネーション革命の日です。)

展望台から発見のモニュメントの手前にある世界地図を俯瞰することができます。

この世界地図は、大航海時代にポルトガルが到達した土地の名前と到達した年が記されています。

発見のモニュメント、歴史好きにはタマリマセン。