「神対応」は使うべきではないと思う理由

はてなキーワードによると、「神対応」とは、主に企業のクレーム対応などについて、驚き感心するほど行き届いた対応に対して用いられる表現、とされています。また、「神」というのが「最大限の称賛」として使われることがあります。

言葉は、その時代によって変化していくものだというのは承知していますが、この「神」とか「神対応」という表現は好きになれません。

たしかに、使いやすい表現ではあると思います。それに、周りの人が使っていると自分も使いたくなる気持ちもわかります。しかし、二つの理由で、ぼくはこの表現が好きになれません。

1.神の名は誤用してはならない

有名なモーセの十戒において、神の名はみだりに唱えてはならないと書いてあります(出エジプト記20章7節参照)。別の訳だと、神の名を誤用してはならないと書いてあるものもあります。

辞書の定義によると、「神」とは信仰の対象として尊崇・畏怖されるもの。人知を超越した絶対的能力を持ち、人間に禍福や賞罰を与える存在であるとされています。企業のクレーム対応がどんなに行き届いていたとしても、それを神になぞらえることは、神の名を誤用しているものだと思います。

神を信じていない人にとっては、どうでも良いことかもしれないですが、「神対応」という表現は、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒に対する配慮を欠いた表現になると考えます。そういう意味では、例えば「ジャップ」という言葉と同じように、あまり口にすべきではないと思うのです。

2.語彙力が低くなる

そもそも、神、神対応などと言わなくても、使いきれないくらいの語彙が日本語にはあります。

神、神対応というのは、使いやすさがある分、どのようなことにもこの表現を当てはめてしまうことになりかねません。語彙力というのは、実際に使っていって磨いていくものだと思います。安易な表現に逃げず、類語辞典などをマメに調べたいと思います。