ブラジル版ゴルゴダの丘、モンテサント登山記録

エルサレムにあるゴルゴダの丘といえば、イエス・キリストが十字架に磔にされた場所として有名です。キリストは、エルサレムで捕えられ鞭で打たれた後、十字架を背負ってこのゴルゴダの丘を登らされ、磔にされました。このキリストの苦しみと死の一連の出来事を日本語では受難、英語ではパッションと呼びます。

メル・ギブソン監督が、キリストの受難のみを描いた2004年の映画『パッション』は凄惨な拷問シーンが大きな反響を呼びました。
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バイーア州の北部に、このゴルゴダの丘のブラジル版とも呼ばれる山があります。その名も、モンテサント(聖なる山)です。カヌードス戦争ゆかりの地を巡る日帰り旅行の工程の一つとして、筆者もこの山に登ったので、その時の様子をご紹介します。

モンテサントの場所

モンテサントの誕生

1775年、フレイ・アポローニオ・デ・トッドというカトリック宣教師が、ある農場主の招きにより、バイーア北部で伝道することになりました。道中、通りがかった山がエルサレムにあるゴルゴダの丘に似ていたことから、フレイ・アポローニオはその山を聖なる山と考え、カトリック教徒の信仰の対象にしようと考えました。

フレイ・アポローニオは信者の助けを借りて山頂に教会を建設するとともに、山頂に至る道中(約4km)に23の小さな聖堂を建設し、巡礼者が参拝できるようにしました。カトリック信者は、この山に巡礼し、キリストが十字架を背負って山頂を目指した苦しみに思いを馳せるのです。いつしかこの場所は「モンテサント=聖なる山」と呼ばれるようになりました。

聖週間の時になると多くの巡礼者がこの山を登ると言います。

カヌードス戦争との関連

モンテサントは、カヌードス戦争の時に政府軍が兵営を置いた町でした。ここから、戦場のカヌードスまでは120キロ程の距離がありました。
現在でもモンテサントの広場には、カヌードス戦争の反乱軍のリーダーであるアントニオ・コンセリェイロの彫刻があるほか、実際に戦争で使用された大砲が置かれています。

登山道

登山道は、モンテサントの広場の後ろの路地に入り口があります。

最初の踊り場までは急こう配(傾斜45度)の一本道です。
写真では伝わりにくいですが、最初から急な坂道で登山者の意欲をそぎます。

いったん踊り場まで出ると、後は緩やかな岩場の道が続きます。
右手奥の方に見えるのが山頂です。

山頂まであともう少しです。登るごとに気温が下がり、吹き付ける風が冷たくて心地よいです。

山頂にある教会

山頂から見たモンテサントの町の眺め

教会内部には手足や頭のマネキンがぶら下がっていました。
これは、ポルトガル語ではエスボト(Ex-voto)と呼ばれるもので、身体の悪い箇所が治癒したキリスト教徒が感謝の気持ちを込めて教会に贈ったものです。

所要時間は登り約40分、降り約15分でした。山登りは久しぶりだったので、翌日から激しい筋肉痛になりました。