夜9時から朝5時まで窓が震えるほどの大音量の音楽を聞かされる拷問

「ペトロリーナに来たらウォーター・フロントのアパートに住むと良いよ」という先達のアドバイスにそそのかされて、2年ほど前までサンフランシスコ河の目の前にあるアパートに住んでおりました。そのアパートの窓からは、美しいサンフランシスコ河の夕日も見られてなかなか気に入っていました。

アパートからの眺め
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ある日の夜、9時ぐらいに自宅でリラックスしていると、衝撃波とともにガラス窓が割れんばかりに振動し、耳をつんざく重低音が流れてきました。「何だろう?」と思って外を眺めてみると、対岸のジュアゼイロが妙に明るく光っており、その光源から凄まじく大きなボリュームの音楽が流れてきているのです。音のボリュームは、家のテレビの音が聞こえなくなるくらいうるさかったです。

まだ、ブラジルに対してウブだった僕は、「音楽は、夜12時くらいになれば止むだろう」と高を括っていたのですが、止むどころか12時くらいになるとより一層盛り上がりを見せ、午前2時頃には最高潮に達しました。

次の日も仕事なので、普通に寝たい僕は、耳栓をして寝ようとしましたが、全然効果がありません。寝室が河に面している場所にあったので、なるべくジュアゼイロから離れた場所(台所)に布団を移動したら多少はマシになりました。
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大音量の音楽が絶え間なく流れているため、眠りが浅く、夜中に何度も起きてしまいました。その日は蒸し暑い日で、かつ、部屋の中に蚊が侵入してきて、何か所も食われて散々な目にあいました。

午前2時を過ぎると音楽は少し、静かになりました。それでもいつ終わるともなく続いています。浅い眠りの中、遠くの方でサンバのリズムが聞こえました。その音色は、どことなく間延びのしたように感じ、夢と現実の境界線がぼんやりとしてきました。自分が夢を見ているのか、起きているのか分からなくなってくるのです。

次の日、寝不足で会社に言き、同僚に昨日は何かイベントがあったのか尋ねてみると、「ダニエラ・マーキュリーという有名な歌手が来ていた。」ということでした。

「なんだか、一足早くカルナバルがやってきたのかと思ったよ。」と同僚に言うと、
「何言ってるの。昨日のがカルナバルだったんだよ。あと3日間くらい続くよ。」という驚くべき回答が返ってきました。
「げっ!あれがあと3日間も続くのかあ…」と心が折れました。

その後、しばらく寝られない日々が続きましたが、最終日には寝不足すぎて気を失うように眠りにつくことができました。そして、来年までに引っ越そうという決意を固くしたのでした。僕の人生初のカルナバル体験は、悪夢でしかありませんでした。

ジュアゼイロのカルナバル

あの爆音祭りがカルナバルだと気が付かなかったことにはワケがあります。ジュアゼイロでは、例年2週間ほど早めにカルナバルが始まるそうです。なぜ、2週間前にカルナバルを開催するのでしょうか?それは、宗教的な理由ではなく、極めて現世的な理由によるものです。カルナバル本番は、有名歌手はサルバドールやレシフェで歌うことになりますので、ジュアゼイロのような地方都市が有名歌手を呼ぶには、前倒しでカルナバルを開始するしかないのです。

去年のカルナバルでは超有名MPB歌手イヴェッチ・サンガーロがジュアゼイロに来ていました。彼女の場合には、出身がジュアゼイロなので、故郷への恩返しという意味もあるのかもしれません。