【歌う石】イタマラカ島の見どころ、歴史ガイド

インディオの言葉で、「歌う石」という意味を持つ、イタマラカ島はレシフェの北45kmの場所にあるレシフェ近郊の有名なビーチリゾートです。

日本人にはあまり知られていないイタマラカ島ですが、ブラジルの歴史を語る上で重要な場所でもあります。

イタマラカ島の歴史的価値

ポルトガルの植民地だったブラジルですが、1630年にオランダの侵攻を受け、ペルナンブーコは1654年までの間、オランダに支配されています。

島の南部には、オレンジ要塞(Forte Orange)という歴史的建造物があります。この要塞は、1631年に建設され、オランダ皇太子であるフレデリコ・ヘンリケ・デ・オランジ(Frederico Henrique de Orange)に敬意を表してオレンジ要塞という名前が付けられました。なお、オランジ皇太子はオランダ領ブラジル総督であったジョン・マウリシオ・ジ・ナッサウ伯爵(João Maurício de Nassau)の叔父にあたる人です。

当時、要塞には21本の大砲があり、刑務所としても使われていました。2016年3月現在においては一部修復作業中ですが、無料で中に入って見学することができます。

イタマラカ島の歴史に関連して、レシフェ、オリンダの歴史もどうぞ。

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イタマラカ島の見どころ

イタマラカ島には11の海岸がありますが、観光客が目指すのは島の南に位置する「オレンジ要塞(Forte de Orange)」と「コロア・ド・アヴィオン(Coroa do Avião)」です。以前は「ジュゴン・エコパーク(Ecoparque Peixe-Boi & Cia)」というのがオレンジ要塞の側にあったのですが、残念ながら財政難のため2016年3月時点においては閉鎖中です。もう一つの見どころとしては、島の高台に位置する「古い村(Vila Velha)」という場所があります。この村は1540年にポルトガル人によって建設されたヴィラで、「黒人のロザリオ教会(igreja do Rosário dos Pretos)」があります。この村からは、島の南に広がるマングローブ林を見渡すことができます。

イタマラカ島の写真はこちらの記事をご覧ください↓

イタマラカ島の海岸で過ごす素朴な休暇。
レシフェ空港から北におよそ60kmほどの場所にあるビーチリゾート、イタマラカ島(Ilha de Itamaracá)という所に行ってきました。自分としては、イタマラカ島の歴史などに興味があるのですが、まずはどのような場所なのかということをご紹介します...

行き方

レシフェから国道(BR101)をひたすら北上し、イガラスから右折してPE035をしばらく走るとイタマラカ島に入る橋が見えてきます。レシフェから行く場合には、何はともあれBR101を目指してください。BR101を走っていると、途中で「Igarassu/ Itamaracá」の方向を示す道路標識が見えますので、これに従ってください。迷わなければ1時間半弱で到着します。イタマラカ島に入る橋の手前の見えにくい場所にスピードメーターがあるのでお気を付けください。

おすすめのホテル

はじめてイタマラカ島に泊まるなら、「Orange Praia Hotel」というホテルが便利です。オレンジ要塞の目の前にあるこのホテルからは、コロア・ド・アヴィオンへのアクセスが便利です。イタマラカ島はポルト・ジ・ガリーニャスなどのビーチリゾートと違って、あまり開発が進んでおらず、ホテルの近くに良いレストランが見当たらなかったため、夜はホテルのレストランで夕食をとりました。ホテルのレストランは、プールサイドにテーブルを並べて食事ができるので、リゾートの雰囲気を味わえます。