南米の最も美しい島、フェルナンドデノローニャ島の歴史

ブラジル、ペルナンブーコ州の北東500kmの場所にあるフェルナンドデノローニャ諸島(arquipélago de Fernando de Noronha)は、火山起源の21つの島から構成される群島です。2001年には、ロカス環礁保護区(Atol das Rocas)と共にユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されています。

旅行サイトのTripadviserは、ユーザーの評価などで選ぶ島ランキング(Travelers’ Choice Top 10 Islands 2016)に、フェルナンドデノローニャ諸島を選出しています(10位)。南米では唯一ランクインした島で、他にはハワイのマウイ島、ギリシャのサントリーニ島、ジャマイカなどがランクインしています。

フェルナンドデノローニャ諸島の全景

サンチョ湾

フェルナンドデノローニャ諸島の発見

フェルナンドデノローニャ諸島は、イタリア人航海士のアメリゴ・ベスプッチ(Amerigo Vespucci 1454年‐1512年)によって1503年に発見されました。ベスプッチは、アメリカ大陸が新大陸であることを公表し、アメリカ大陸の名前の由来にもなったことでも有名です。

アメリカ大陸の名前は、アメリゴ・ベスプッチに由来
アメリカ大陸という名前は大航海時代のイタリア人航海士、アメリゴ・ベスプッチ(Amerigo Vespucci 1454年‐1512年)に由来しています。 アメリカ大陸を「発見」したのはコロンブス Nome: Cristóvão Colombo...

名前の由来

1505年、ポルトガル王のマノエル一世は、この島を貴族のフェルナン・デ・ロローニャ(Fernan de Loronha)にカピタニア*として与えました。フェルナン・デ・ロローニャは、リスボン生まれのユダヤ系ポルトガル貴族で、ブラジルの国名の由来ともなった「パウ・ブラジル」という木の貿易権をはじめて与えられた貴族として有名です。

ブラジルの語源になったパウ・ブラジル
ブラジルの国名は、「パウ・ブラジル(Pau-brasil)=ブラジルの木」に由来すると言われています。パウ・ブラジルは日本語では「蘇芳(すおう)の木」と呼ばれるマメ科の落葉植物です。パウ・ブラジルの心材はブラジリンと呼ばれる色素を含み、これを煎じた汁...

*カピタニアというのは、ポルトガル王が貴族にブラジルの土地を与え、貴族の負担で開発を進める代わりに土地の統治権を認めた制度です。

フェルナン・デ・ロローニャは、島の開発に全く興味を示さなかったため、フェルナンドデノローニャ諸島は、長いこと未開発の状態で留まっていました。一方で、島の美しい自然環境に関しては当時から航海士、宣教師、探検家によってさまざまな記録に残されていきました。

オランダによって開発されたフェルナンドデノローニャ諸島

1635年から1654年の間、フェルナンドデノローニャ諸島は他の東北伯と同様にオランダの支配下に置かれていました。ポルトガル人によって見捨てられていたフェルナンドデノローニャ諸島は、オランダ人の手によって開発が進められました。オランダ人は、農業、牧畜、インフラ整備を進め、島を駐屯地として利用しました。

1654年にオランダ人が東北伯から締め出されると、フェルナンドデノローニャ諸島はまたしてもポルトガル人から放置されました。約80年経った1736年にフランス人が島を占領し、島の開発を進めました。

流刑地として利用された島

翌1737年に、ポルトガル人はフランス人を追い出すことに成功し、ようやく島の開発に着手するようになりました。とはいえ、ポルトガル人はこの島を経済開発するわけでもなく、20世紀後半まで2世紀半に渡って流刑地として利用しました。

1938年にブラジル連邦政府は政治犯を収容する必要に迫られたことから、ペルナンブーコ州からフェルナンドデノローニャ島の管轄権が連邦政府に移転しています。その見返りとして、ペルナンブーコ州はイタマラカ島の開発費用を連邦政府に負担してもらいました。

軍隊の管轄下に置かれた島

第2次世界大戦中の1942年、島の戦略的重要性から防衛拠点が建設されました。その流れで、大戦後もフェルナンドデノローニャ諸島は1988年まで軍隊の管轄下に置かれていました。島には将官の階級に応じてサイズの異なる邸宅が建設されました。

軍隊の管轄下において、消耗品やサービス提供のために一般市民も島に住んでいました。彼らは、食品以外の物品を無償で提供されていました。その代り、島内には立入禁止の場所が定められ、独身子持ちの女性、ホモセクシャルは住んではならないなどの独自のルールが適用されました。

1986年に民間政府の管轄になった

1986年には初めて民間の政府が置かれ、多くの人々が島に移住してきました。そして2年後の1988年の憲法改正でフェルナンドデノローニャ諸島は再びペルナンブーコ州の管轄地に返り咲いたのです。

フェルナンドデノローニャ諸島には美しい海とダイビング、サーフィンなどの目的で多くの観光客が訪れます。島の訪問者数は島の環境保護のために制限されており、訪問者は滞在日数に応じた環境税を支払う必要があります。人気のあるビーチとしては、サンチョ湾(Baía do Sancho)、レオン海岸(praia do Leão)などがあります。

レオン海岸

何かとお金のかかるフェルナンドデノローニャ諸島

フェルナンドデノローニャ島には、レシフェまたはナタルから飛行機でアクセスします。所要時間は1時間強です。時期にもよりますが航空券は、往復700~1,500レアル(約2万5千~5万3千円)程度と、ほかの路線よりも少し高めです。

また、5歳以上の旅行客は、入場料(Ingressos do Parque Nacional Marinho)として外国人は198レアル(約7,000円)、ブラジル人は99レアルを支払う必要があります。さらに、島に滞在するには環境保護税(Taxa de Preservação Ambiental)として、一日当たり約70レアル(約2,500円)を払う必要があります。

例えば、2人で3泊4日した場合には、入場料と環境保護税だけで約1,000レアル(約35,000円)かかる計算になります。

離島なので、食費やホテルも高そうです。筆者はペルナンブーコやバイーアの海岸も十分に美しいのでそちらに足が向いてしまい、まだフェルナンドノローニャ諸島には行ったことがないのですが機会があれば一度は行ってみたいです。