ブラジルのガウディ、夢のアトリエ

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「ブラジルのガウディ」と呼ばれるフランシスコ・ブレナンのアトリエ兼アートミュージアムが、レシフェの郊外にあります。フランシスコ・ブレナンは、主に陶磁器のアーティストで、レシフェ市民で彼のことを知らない人はいないほど有名な人です。

彼の作品は、彼の名前を冠した博物館の他、レシフェ空港、ショッピング・センター、町中等の至る所で目にすることができます。レシフェ郊外にある彼のアトリエ兼ミュージアム「ブレナンのアトリエ(Oficina Brennand)」は、彼の父が1917年に建設した陶器製造工場をベースにしており、1971年からこの地で数々の芸術が生み出されています。木々が鬱蒼としげる林を抜けた先にあるこのアトリエは、現在ではアートミュージアムとして一般公開されています。

以前は月曜日から金曜日までしか開館していなかったため、なかなか行くことができませんでしたが、最近は土日も開館するようになり、週末に足を運ぶことができました。折角なので、フランシスコ・ブレナンの生い立ちも調べて見ました。

ブレナン一族

フランシスコ・ブレナンの名前はフランシスコ・デ・パウラ・コインブラ・デ・アルメイダ・ブレナン(Francisco de Paula Coimbra de Almeida Brennand)と言います。なぜ、ブラジル人は名前が長いのか知りたい方は以下の記事を読んでみてください。

ブラジル人の名前が長すぎて覚えられません
同僚の日系人でカチア・ミハラさんという方がいます。彼女のフルネームは、カチア・トモミ・ミハラ・レイチと言います。ミハラ・レイチというのが、苗字です。非日系人の旦那さんと結婚した時に、レイチという苗字がついたとのことです。ブラジルでは、結婚したら苗字を...

フランシスコ・ブレナンは、1927年生まれの画家・陶芸家で、2016年7月現在もレシフェに住んでいます。彼はイギリス移民の五世です。

ブレナン一族がブラジルに渡ってきたのは1820年のことでした。まず、エドワード・ブレナンがイギリスのマンチェスターからブラジルに渡ってきました。彼は鉄道の会社でエンジニアとして働きました。エドワードがブラジルで結婚し、生まれたのが、ヒカルド・モウラ・ブレナン(Ricardo Moura Brennand)です。そのヒカルド・モウラの子供が、ヒカルド・モンテイロ・ブレナン(Ricardo Monteiro Brennand)、さらにその子供は、ヒカルド・デ・アルメイダ・ブレナン(Ricardo de Almeida Brennand)と名付けられました。全員、ヒカルドと名付けているのが面白いです。

このヒカルド・デ・アルメイダは、1917年にレシフェに陶器の工場を作りました。そして、ヒカルド・デ・アルメイダの次男として1927年に生まれたのが、今回の主役であるフランシスコ・ブレナン(Francisco Brennand)です。

フランシスコ・ブレナン自画像(左)
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フランシスコ・ブレナンの生い立ち

フランシスコ・ブレナンは若いころから芸術に関心があり、絵画と文学に興味を持っていたそうです。当初、フランシスコ・ブレナンは「陶芸はしょせん日用品芸術に過ぎない」と考え、油絵の道を志します。しかし、21歳の時にフランスでピカソの陶芸展を見た時に、陶芸による芸術表現の道を知りました。

彼が23歳の頃、バルセロナに旅行に行った際に、アントニオ・ガウディの作品に触れ、ガウディの曲線の使い方、Trencadísとよばれるタイルをつかったモザイク表現に大きな表劇を受けたそうです。

四年間のヨーロッパ修行を終えて、ブラジルに戻ったフランシスコ・ブレナンは、一年もしないうちにブラジルを出て、陶芸技術を深めるため、イタリアのペルージャにあるマヨリカ焼の工場で研修を始めました。この時に、エナメル塗料の使い方を習得し、陶器に様々な色合いや質感を出す技術を身につけました。

その後、ブラジルに戻ったブレナンは、父親が立てた陶器工場をアトリエにして、1971年から精力的に作品を作り続けています。

アトリエの入り口にある喜劇役者の像
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セントラル・テンプル
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不滅を象徴する原初のたまごが飾られています。
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フランシスコ・ブレナンの作品が所狭しと並ぶ展示エリア
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ローマ風呂を彷彿とさせる舞台には、曼荼羅が描かれています。
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Burle Marxによってデザインされた庭園
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フランシスコ・ブレナンの絵画(約300点)も展示されています。
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レシフェ中心部からは車で20分程度と少し離れた場所にありますが、機会があれば是非足を延ばしてみてください。フランシスコ・ブレナンの従兄弟が建てたヒカルド・ブレナン博物館と合わせて見学すれば効率的です。

ブラジル発見500周年記念碑

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レシフェを訪れる観光客が必ず足を運ぶレシフェの中心、マルコ・ゼロから海を見ると、フランシスコ・ブレナンが作った巨大なオベリスクが立っています。このオベリスクが立つ場所は、フランシスコ・ブレナン陶芸公園(Parque das Esculturas Francisco Brennand)と呼ばれており、マルコ・ゼロから小舟で渡ることができます。2000年に、ブラジル「発見」から500周年を記念して建てられたもので、32メートルのオベリスクの他、およそ九十点もの作品が展示されています。
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フランシスコ・ブレナンの映画

2012年には、フランシスコ・ブレナンの映画も制作されています。

レシフェのおススメ観光地(Instituto Ricardo Brennand)
リカルド・ブレナン博物館(Instituto Ricardo Brennand)はレシフェに訪れることがあれば、是非足を運んでみたいおススメの観光地の一つです。 ペルナンブッコ連邦大学(UFPE)の隣にある広大な土地に建てられたこの博物館は、展...