サルバドールの象徴、ラセルダ・エレベーター

筆者はブラジルに来た最初の年(2012年)に、バイーア州の州都サルバドールで2か月間の語学研修を受けました。サルバドールはブラジル最初の首都が置かれた場所で、旧市街にはかつての繁栄をしのぶことのできる歴史的建築物が多くあります。サルバドールの象徴であり、旅行会社の宣伝やポストカードなどに登場する景色の常連として、「ラセルダ・エレベーター(Elevador Lacerda)」というものがあります。日本人の感覚として、エレベーターがポストカードになるというのは、なかなかしっくりこないですが、このエレベーターが知名度を得た経緯を写真とともにご紹介します。

左側:ラセルダ・エレベーター
中央の建物:メルカードモデーロ(民芸品売り場)
奥に見えるのは美しい大西洋

世界で初の公共交通機関としてのエレベーター

シダージ・アウタから見たサルバドール港の眺め

ラセルダ・エレベーターは、高台のシダージ・アウタにあるトメ・ジ・ソウザ広場と、港のあるシダージ・バイシャを結ぶ公共機関です。観光客にとっては高台にある旧市街から、民芸品店の集まるメルカード・モデーロに行くときに利用価値が高い手段です。ラセルダ・エレベーターが営業を開始したのは、1873年12月8日のことです。これは日本でいうと明治6年で、西南戦争の3年前くらいの頃でした。このラセルダ・エレベーターは公共交通機関としては世界で初めて完成したエレベーターでした。

エレベーターは4台あり、高さ73.5メートルです。1台当たりの定員は32名で、22秒で上下の移動が可能です。24時間営業で、一回当たりの料金は25セント(約9円)です。

ラセルダさんが建設したエレベーター

ラセルダ・エレベーターが出来る前17世紀ころから、小型の昇降機がこの辺で利用されていました。主な目的は、サルバドール港で水揚げされた荷物を高台にあるシダージ・アウタに引き上げることでした。

ラセルダ・エレベーターの建設計画は、実業家のアントニオ・ジ・ラセルダ氏が具体化しました。技師で兄弟のアウグスト・ジ・ラセルダ氏の支援と、父親のアントニオ・フランシスコ・ジ・ラセルダ氏の資金的支援を受けて建設されたのです。

エレベーターの建設は1869年に着工され、4年後に完成しました。建設にあたって、岩に穴をあける作業が当時の技術では難局だったそうです。完成当初は、上下を結ぶ塔はまだ一本しかありませんでした。(現在、奥の方に見えるのが先にできた塔です。)開業当初、エレベーターは「聖母マリアの油圧式エレベーター(Elevador Hidráulico da Conceição da Praia)」と呼ばれていました。

創業者ラセルダ氏の死の11年後の1896年からは彼の名前を冠して、アントニオ・ジ・ラセルダ・エレベーターと呼ばれるようになりました。1906年に電気で動くシステムが取り入れられ、塔の長さも拡張されました。(それまで、エレベーターは油圧式で動いていました。)

エレベーターには昇降する塔が2本あります。そのうち、手前にある塔は1930年に始めて完成しました。この時に、外観もアール・デコ調(1910年~1930年頃にフランスを中心に流行した単純・直線的なデザイン様式)に改められました。この時から、エレベーターはOtis社のものが導入されています。1996年にはブラジル版世界遺産ともいえる国立歴史芸術遺産機構(Iphan)に登録されました。

現在でも、観光客向けというよりは地元の人から公共交通機関として利用されており、一日に約3万人が利用しています。一日当たりの収入は7,500レアル(約26万円)ということですね。

シダージ・バイシャから見たエレベーター