ブラジルの首都はイタリア人が夢で決めた?


ブラジリアには、ドン・ボスコ教会と呼ばれる、美しいステンドグラスが有名な教会があります。教会の名前にもなっているドン・ボスコは、首都ブラジリアの守護者とされているのですが、この人はブラジル人ではなくイタリア人、しかも、ブラジリアはおろかブラジルに一度も来たことがありません。それなのになぜ、ドン・ボスコがブラジリアの守護聖人とされ、ブラジリアの人々の尊敬を受けているのか、気になりませんか?

ドン・ボスコはどんな人?


1815年、イタリアのベッキ村に生まれた人で、没年は1888年で72歳でした。ドン・ボスコは、職を求めて都市に集まる貧しい少年たちの教育に情熱を注いだ人でした。彼の創立したサレジオ会は、ローマに本部を置き、現在でも世界中で青少年教育活動に携わっています。

ドン・ボスコの夢

1883年8月、ドン・ボスコは彼が一度も足を踏み入れたことのない南米大陸に旅に出る夢を見ました。夢の中で、北はコロンビアから南はアルゼンチンにかけて、様々な国々に足を運んだといいます。その時の様子を語った記録が以下の通り残っています。

「南緯15度から20度にある土地に、長く続く入り江があり、その先に湖があった。その時、ある声が次の言葉を繰り返しささやいた。『もし山々のなかに金脈があるのならば、その山は採掘されるだろう。約束の地がそこに現れる。その場所には、乳と蜜がながれている。その場所は、驚くべき豊かさをもたらすだろう』」
Tra il grado 15 e il 20 grado vi era un seno assai lungo e assai largo que partiva di un punto che formava un lago. Allora una voce disse ripetutamente, quando si verrano a scavare le miniere nascoste in mezzo a questi monti di quel seno apparirà qui la terra promessa fluente latte e miele, sarà una ricchezza inconcepibilie. (Memorie Biografiche, XVI, 385-394)

「乳と蜜が流れる場所」という表現は旧約聖書に度々登場する表現で、カナン(パレスチナ地方の古代の名称)のことです。神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから、「約束の地」とも呼ばれます。

ブラジリアはドン・ボスコの夢にインスパイアされた都市?


ドン・ボスコが夢を見た77年後に、何もなかった場所にブラジルの新首都であるブラジリアが建設されました。ブラジリアの緯度は南緯15度で、ドン・ボスコの夢の場所と一致します。ドン・ボスコの夢では湖が登場しますが、それを意識したのか、ブラジリアには川を堰き止めて作られた人造湖、パラノア湖があります。

ブラジリアの建設当初から、多くの人々がドン・ボスコの夢を信じていました。それは、ブラジリアで最初に建設された建造物が、ドン・ボスコ礼拝堂(Ermida Dom Bosco)であるという事実からも分かります。1957年にパラノア湖のほとりに立てられたピラミッド型の小さな建物は、オスカー・ニーマイヤーにより設計されたものです。

さすがに、ドン・ボスコの夢だけを頼りにブラジリアの建設場所が決められたわけでは無いとは思いますが、カトリックの聖人の夢に出てきた約束の地に遷都するとは、文字通り「夢のある」場所の決め方ですね。

現実には、ブラジリアは「政治家の懐中に乳と蜜を流す土地」になってしまったのが残念な点ではありますが…。

ブラジリア大聖堂にあるドン・ボスコ像