「変な人」と言われたら喜ぼう!

ぼくはたまに「変わってるね」と言われることがあるんですが、この評価はぼくにとっては嬉しい「褒め言葉」なんです。「変わっている」ということは、他には見られない特徴があるということなので、別の言葉で言えば「個性がある」ということになり、「個性がある」ということは、「希少価値がある」ということになります。つまり、「君は変わっているね」という評価は「君は希少価値があっていいね」と言われているように感じるのです。

世の中には「変わっている」と言われると不安に思う人も居ると思います。あるグループの中で、一人だけ周りと違う行動をとっていると、目立つし、煙たがられるからです。ある社会や集団においては「違うこと」がマイナスとしてとらえられることがあります。特に、学校という小さいコミュニティに所属する若者にとっては、集団から除け者にされるということはかなりダメージが大きいです。

社会人になって、良かったと感じるのは、所属する集団を自分で選択できるという自由を得たことです。「個性があること」を理由に攻撃してくるような人がいる場合には、その人から離れればいいだけです。あるコミュニティからは「けしからん」と思われていたことでも、別のコミュニティでは「すごい才能だ」と評価されることは良くあります。また、あるコミュニティでは「当たり前」で価値がないとみなされている能力が、別のコミュニティでは「価値のある能力だ」と評価されることがあります。

個性というものは、一歩離れて見ないと分からないものです。距離や刺激が必要なんです。一つところに端坐していて、磨かれるものではないのです。いろんな場所にさらしてみて、いろんな人に会い、刺激を受けることで磨かれていくものなのです。だから、ある集団から受け入れられなかったからと言って、そこに留まっていてはいけないのです。

「ビジネスブックマラソン」の土井英司氏が「買い」です、と絶賛していた『臆病な僕でも勇者になれた七つの教え』を読んでみたのですが、物語の中で登場するエリカの考え方が「個性」を考えるうえで共感を得ることができました。ここで、いくつか紹介します。

「日本では人と違ってると大変な思いをするらしいわね。みんな足並みそろえるのがいいと思ってるって。とくに学校や会社みたいな集団の中では。でも天才がそれをやってはダメ! 奇人変人オタクでいいの! 物事を極めるとそうなって当たり前よ! 天才が凡人と足並みそろえてどうするの!」

「できる子どもは大人が望む子どもを演じてる。だけどそんなの時間のムダよ。バカな大人がつくった社会に順応してたら、感性も能力も鈍っていく。愚かだわ」

「だからなのね、絵が上手になったのは。言葉での表現が得意な人はそれに頼る。キラは会話が苦手で良かったのよ。そのコンプレックスが絵の才能を伸ばしたの。コンプレックスの陰に才能は隠れてるって、おばあさまがいつも言ってた」

「学生でファーストクラスに乗るなんて贅沢だって妬まれたり羨ましがられたりするかと思えば、反対に個人ジェットじゃないのがかわいそうに思われたりするんだから。幸せの物差しって、育った環境や人種、慣習によって違うのね。幸せかどうかは自分が決めるものなんだってつくづく思うわ」

「幸せの物差し」という表現が好きです。幸せになる唯一の方法は、自分の「幸せの物差し」を持つことだと思うんです。自分はもしかすると「変わってるかな?」と思う方は是非読んでみて下さい。