ブラジル北東部におけるカレー文化開拓小史Ⅰ

日系ブラジル人の多く住むブラジル南東部に比べると、ここノルデステ(北東部)においてはまだまだ日本食文化はかなり遅れをとっていまるというものの、田舎のかなり小さな町でも「日本食もどきの店」を見かけるほど、日本食の存在感は大きいです。しかし、日本食といえば、寿司、焼きそばが不動の人気を博しており、カレーを置いている店にはお目にかかったことがありません。そんな状況に一石を投じた話をここではご紹介します。

「例のアレ」から「カレエ」に至るまで

ブラジル中流階級の家庭ではお手伝いさんを雇うことが一般的です。

日本人の関根さん(仮名)宅にも週に一度お手伝いのおばちゃんが来ています。おばちゃんは、背が低く小太りで、ちりちりした白髪頭をした方でポルトガル語になまりが強いため、何を喋っているのか半分も理解できません。

食にはかなり保守的で、我々が有難がってたべるマグロの刺身などは気持ち悪がって手を出そうとしません。そんな、超保守的なおばちゃんですが、あるとき関根さんがカレーを作って食べさせたところ、大層気に入ってしまいました。

それ以来、関根さんの家に来るたびにカレーをねだるようになり、ついには作り方も覚えてしまいました。おばちゃんは、「関根さん、今週はアケリ・ネゴーシオ(例のアレ)作らないの?」と毎週のようにねだるようになりました。

最初は、「アケリ・ネゴーシオ(例のアレ)が食べたい。」と言っていたそうですが、最近では、ちゃんと「カレエ」と呼ぶようになったそうです。
curry

カレー信徒による伝道

すっかりカレーの虜となった関根さん宅のお手伝いのおばちゃんは、カレー信徒第一号として、シモン・ペトロよろしく家族にもカレーの素晴らしさを伝道して回りました。

あるとき、関根さんがおばちゃんを家に送るついでに、おばちゃん宅でカレーを作るという大サービスをしました。おばちゃんの家族は「これが、いつも噂に聞いているカレエかあ~!」と大喜びし心は完全にカレーの虜になってしまいました。

こうして、カレー文化のなかった土地にカレーの素晴らしさを伝えるおばちゃんのカレー伝道師としての一歩が踏み出されたのでした。(つづく)