シントラに残るイスラム支配の名残、ムーア人の城跡

イスラム教徒によって拓かれたシントラには、今でもイスラム教徒の名残があります。シントラの3大人気スポットの一つである「ムーア人の城跡(Castelo dos Mouros)」は、シントラ山の森の中に立つ、イスラム教徒の城跡です。

北アフリカから来たムーア人

ムーア人(Mouro)といっても、日本人にはあまり馴染みが無いですが、ポルトガルを含むイベリア半島の歴史を知る上では、非常に重要な存在です。ムーア人は、北アフリカに住むアラビア語を話すイスラム教徒のことです。ムーア人は、711年にジブラルタル海峡を渡って、イベリア半島を支配しました。

ムーア人というのは、ヨーロッパ人による呼称で、ラテン語のマウリ(原住民の意)に由来すると言われます。また、他にもベルベル人と呼ばれることもあります。このベルベル人とは、ラテン語のバルバルス(ギリシャ世界の外に住む文明化されていない人の意)という言葉に由来すると言われています。

ムーア人の城跡の歴史

ムーア人の城跡は9世紀にムーア人によってシントラの防衛拠点として建設されました。ムーア人たちは、リスボンよりもシントラを重要な拠点として考えていたようです。その後、1147年にポルトガルの初代王(アフォンソ・エンリケス)によって、シントラがポルトガルの支配下に落ちた後、ポルトガル議会はリスボンを重要視したため、城跡は長いこと打ち棄てられていました。1755年のリスボン大地震の際には、シントラも被害を受け、ムーア人の城跡の壁が崩壊し、誰にも顧みられないまま、長い年月が経過しました。

19世紀になって、ペーナ宮殿を改築したポルトガルの王、フェルナンド2世は、顧みられていなかったムーア人の城跡の改修を進め、現在のような美しい姿に補修しました。城は森の中の高い山の上に立ち、城壁からはシントラの美しい景色が一望できます。その名の通り城跡なので、ムーア人の城跡には宮殿はなく、城壁を登ってシントラの景色を眺めるのが、この場所でのアトラクションです。

森の中の道をあるいていきます。どことなく、マチュピチュに雰囲気が似ていると思いました。

ムーア人の住居跡

城壁

山の上に続く城壁

ドラゴンボールに出てくる「蛇の道」のようです。

城壁の上から見える、シントラの旧市街とシントラ宮殿(塔のある建物)

森の中にあるレガレイラ宮殿も見えました。

シントラに行くことがあれば、ムーア人の城跡は訪れる価値大です。上り下りがありますので、動きやすい恰好で行くことをおすすめします。

世界遺産シントラのおすすめ観光コース
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