ブラジルのカーニバルは奴隷の遊びだった?

カーニバルといえば、リオデジャネイロが想起されるほど、ブラジルのカーニバルは世界的に有名です。その歴史を紐解くと、もともとは奴隷たちが行っていた遊びであったという興味深い事実があります。

ポルトガル人がブラジルに持ち込んだカーニバル

ブラジルにカーニバルを持ち込んだのは、ポルトガル人でした。元々は、エントルード(entrudo)と呼ばれるポルトガルのお祭り騒ぎがブラジルの奴隷たちを中心に普及ししたものでした。奴隷たちは顔に色を塗り、匂いの付いた水風船やファリーニャ(マンジョッカイモの粉)を互いに投げ合って、祭りを楽しみました。奴隷の主人たちはこれを白眼視しており、彼らがエントルードに参加することはありませんでした。

リオデジャネイロのカーニバル

カーニバルはブラジル各地で開催されますが、特に有名なのが、①リオデジャネイロ、②サルバドール、③レシフェ・オリンダのカーニバルで、地域ごとの特徴があります。

抑圧された民衆が生み出したカーニバル

19世紀に入ると、リオデジャネイロではものを人に投げつける行為が危険であるとして、エントルードの風習が禁止されました。奴隷たちがエントルードに興じる一方で、貴族たちはクラブや劇場でカーニバル向けのダンスを考案し、音楽に乗せて踊るようになりました。リオデジャネイロでは、エントルードに代わって貴族社会がカーニバルを占有するようになっていきました。

貴族たちにカーニバルの楽しみを奪われた民衆は、一致団結して道に繰り出すようになりました。現代においても、カーニバルでおそろいの仮装をして道に繰り出す一団のことをコルドン(cordão)と呼び、また、歌い踊りながら道を練り歩く集団をランショ(rancho)と呼びますが、コルドンやランショの文化は貴族に対抗する民衆のエネルギーが生み出したものでした。

サンバの誕生

同じ時期に歌って踊る集団であるマルシーニャ(marchinha)も誕生しています。シッキーニャ・ゴンザーガという作曲家が書いた『オー・アブリ・アラス (O Abre-alas)』は、カーニバルの曲として有名です。また、1916年に誕生したカーニバルのための楽曲『ペロ・テレフォーニ(Pelo Telefone)』は、史上初めて録音されたサンバです。

1920年代には、コルドンやランショが発展してサンバ・チームが誕生しました。最初のサンバ・チームはデイシャ・ファラー(Deixa Falar) で、エスタシオ・デ・サー(Estácio de Sá)という名前で現在も活動しています。

サンボードロモ

1960年代からリオデジャネイロのカーニバルは商業的にも重要なイベントとなってきました。実業家などが、カーニバルに多額の投資をするようになり、リオ市役所はリオ・ブランコ通りに観客席を設け、入場料をとるようになりました。

1984年には、レオネル・ブリゾーラ市長の指揮の元、リオデジャネイロにカーニバルのパレード専用の場所、サンボードロモ(Sambódromo)が建設されました。設計者は世界的に有名な建築家のオスカー・ニーマイヤーです。

リオのカーニバルは、世界中から観光客を集める一大イベントに成長し、年十億レアルもの資金が動くまでになっています。

バイーア州のカーニバル

バイーア州のカーニバルではアフロ・ブラジリアン宗教であるカンドンブレに影響を受けた歌やリズムで踊る集団、アフォシェ(Afoxé)が有名です。

1950年にサルバドールで有名なトリオ・エレトリコ(Trio elétrico)が誕生しました。ドドーとオズマー(Dodô e Osmar)の二人組が古いトラックに楽器を積んで町を移動しながら演奏したのが始まりでした。翌1951年にテミストクリス(Temistócles)がメンバーに加入し、三人組(トリオ)になったことから、その名前が付けられました。

MPBの女王、イベッチ・サンガーロのトリオ・エレトリコ

レシフェ・オリンダのカーニバル

レシフェには、色鮮やかな傘を使ったアクロバティックな踊り、フレーヴォ(frevo)があります。レシフェのカーニバルは「ストリート・カーニバル(carnaval na rua)」とも呼ばれており、プロのShowを見るというよりも、参加者自らが仮装して楽しむという要素があります。

オリンダでは、槍を持って花を口にくわえた田代まさしの様な男性の集団が踊るマラカトゥ(maracatu)巨大人形(boneco gigante)が有名です。巨大人形は、その年に話題になった有名人のものが製作するのが恒例となっており、2017年はドナルド・トランプ米大統領の巨大人形などが製作されるそうです。

レシフェ・オリンダのカーニバルでは、カーニバル特有のキャラクターが豊富に存在します。深夜の紳士(homem da meia noite)、夜明けの雄鶏(Galo da Madrugada)、槍を持つ土人(Caboclo de lança)などが有名です。

槍を持つ土人(Caboclo de lança)

夜明けの雄鶏(Galo da Madrugada)

プレ・カーニバル

カーニバルは、ブラジル各地で開催されます。町によっては、有名な歌手を低予算で呼ぶために本来の時期よりも数週間前倒しでカーニバルを実施することがあります。セルジッペ州の州都アラカジュで開催されるプレ・カーニバルは「プレカジュ」と呼ばれています。

カーニバルまで待ちきれない?ミカレッタに行こう

ブラジルには、ミカレッタ(micareta)と呼ばれるお祭りがあります。本来の時期以外で開催するカーニバルのことで、フランス語の「Mi-carême」に由来しています。「四旬節の途中」という意味があり、15世紀にパリで誕生しました。ブラジルには18世紀頃にポルトガル人により持ち込まれ、19世紀に大衆化しました。レシフェでも毎年10月に「レシフォリア(Recifolia)」と呼ばれる有名なミカレッタがありました。残念ながら?2003年で終了しています。

7,700万枚のコンドームを配布

ブラジル保健省は、HIVを初めとする性感染を予防するキャンペーンの一環で、カーニバルまでに7,700万枚のコンドームを配布することを公表しています。スローガンは、「カーニバルではコンドームを使って、祭りを楽しもう!(No Carnaval, use camisinha e viva essa grande festa!)」です。大臣に説明によると、ブラジルでは特に15~24歳の若者のHIV感染が増加しているとのことです。

ブラジル・カーニバルとサトウキビ栽培の関係
レシフェ、オリンダのカーニバルはブラジル三大カーニバルの一つであると言われています。 (①リオ、②サルバドール、③レシフェ、オリンダ) カーニバルの時に、集団で登場する一風変わったキャラクターの一つに、Caboclo de lanca(カボク...
カーニバルといえば、サンバ?いえ、フレーボです!
カーニバルといえば、リオデジャネイロのカーニバルが有名です。リオのカーニバルといえば、直ぐに連想されるのがサンバですよね。リオデジャネイロでは、カーニバルの時にエスコーラ・デ・サンバのチームが踊りながら行進するための会場があり、通称サンボードロモ(S...