ブラジリアの住人はどこから来たのか?

ブラジルの首都を沿岸部から内陸部に遷都するという、ブラジル人の古くからの夢は、ジュセリーノ・クビシェッキ大統領によって1960年に実現されました。何も無かった場所に、たった3年強の歳月をかけて、ブラジルの首都ブラジリアが完成したのです。

ブラジリアの人口

ブラジリアが産声を上げた1960年、ブラジリアの人口は14万人でした。その当時のブラジリアの住人は、ブラジリア建設のためにブラジル中から集まった労働者たちとその家族が大部分を締めていました。

ブラジル地理統計院のデータでは、現在のブラジリアの人口が297万人に増えていることが分かります(2016年時点)。誕生してから現在までの半世紀でブラジリアの人口は20倍に増えた計算になります。

現在、ブラジリアは州都の中では3番目に多い人口を有しており、1位のサンパウロ(1,203万人)、2位のリオデジャネイロ(649万人)に次ぐ規模まで成長しました。

ブラジリアの礎を築いたブラジル北東部の人々

ブラジリアは元々何もない高原地帯であり、最初の住人はブラジル全土から移住してきた人々でした。ブラジリアの創設まもない頃は、特にブラジル北東部出身者が大きな割合を占めていました。

ブラジリアに住む人々を差す単語に、「カンダンゴ(Candango)」という単語があります。これは、当初、ブラジリアに移住してきたブラジル北東部出身者を差す言葉として使われていたのですが、今ではブラジリア生まれの人々全般を指す言葉になっています。「カンダンゴ」という単語は、ブラジリアの歴史上で非常に重要な意味を持っています。

労働戦士の像


ブラジリアの頭脳部分である三権広場には、テレビで映されることの多い『ブラジリア建設労働戦士(Os Candangos)』のブロンズ像が立っています。この像は、建設中に労災事故で亡くなった若者、エスペジット・シャビエル・ゴメス氏(Expedito Xavier Gomes)とゲデウマー・マルケス氏(Gedelmar Marques)を追悼するため、1959年にブルーノ・ジョルジ(Bruno Giorgi)が作った8メートルのブロンズ像です。

ブロンズ像のタイトルでもある「カンダンゴ(Os Candangos)」は、ブラジルがサトウキビ産業で栄えた時代に、奴隷として連れてこられたアフリカ人奴隷がポルトガル人の主人(セニョール・デ・エンジェーニョ)を軽蔑して呼ぶときの隠語でした。「カンダンゴ」は、アフリカのアンゴラで話されるキンブンド語(quimbundo)の言葉で、「悪い」「粗悪な」といった意味があります。

いつしか、「カンダンゴ」は、田舎に住む貧しい肉体労働者を差す言葉として使われるようになりました。おそらく、安くて質の悪い労働力という軽蔑を込めた意味で使われていたのだと思います。

ブラジリア創設の際に、政府はブラジル中から労働者を募りました。折しもブラジル北東部を襲った大旱魃が1958年に最高潮に達し、その影響でブラジル北東部の人々の多くがブラジリアへの移住を希望したのです。こうして、ブラジリアには「カンダンゴ」と呼ばれる労働者たちが大勢集まりました。

劣悪な労働環境

労働者たちは、木で作った粗末な仮小屋で寝起きし、建設作業は8時間ごとの3交代制で24時間休みなく行われました。名ばかりの病院はありましたが、現場で起こった事故の救急処置をする程度のもので、まともな病院のある近隣の町までは車で1時間もかかりました。

建設工事請負会社の監査を行った人の証言によると、労働者に配られる食事は腐っていることもあり、その労働環境は人間としての尊厳が軽視されたものだったようです。

労働者を襲った悲劇

ブラジリアが誕生する1年前の1959年2月。カーニバルの時期に、ある建設工事請負会社は、労働者が隣町へ遊びに出かけるのを妨害しました。

唯一の楽しみを奪われた労働者たちは、建設工事請負会社に対して抗議運動をしました。

この騒ぎを抑えるため、大げさにも軍隊が投入され、抗議運動は力でねじ伏せられました。この時に軍人に銃殺された労働者はトラックに積まれて、ブラジリアのどこかにひっそりと埋められたそうです。


この事件の経緯は、ドキュメンタリー映画『年老いた同郷者たちの戦争(Conterrâneos Velhos de Guerra)』で詳しく描写されています。なお、本記事の写真のうち、3枚目以降の写真は同映画の画像キャプションです。

この事件をきっかけに、「カンダンゴ」という単語は、文字通りブラジリアの建設に血と汗を流した人々の勇気、献身、大胆さを称える言葉として、ポジティブな意味でとらえられるようになりました。ブラジリアといえば、クビシェッキ大統領や建築家のオスカー・ニーマイヤーの貢献が華々しく語られますが、その陰にはカンダンゴ達の血と汗があったのです。