ポルトガル芸術の巨匠、ボルダロ・ピニェイロ

ポルトガル旅行

リスボン滞在中はカルモ教会の傍にあるホテルに宿泊したのですが、ホテルから歩いてすぐの場所に、シナウ・ヴェルメーリョ(Sinal Vermelho)というリーズナブルな価格のレストランがありました。日本のガイドブック(地球の歩き方)にも載っており、少し日本語の話せるトムクルーズ似の店員が居ました。サービスも良く、料理は安くておいしかったので、筆者は滞在中に2回行ってしまいました。

このレストランの壁に、大きな陶器製の皿が3つ飾られていました。カラフルな色で、写実的にウサギや栗などが表現されたものでした。

その後もリスボン市内の土産物売り場で、レストランで見たのと似たような野菜の形をした食器などが販売されているのを見かけました。ガイドブックの情報によると、これはポルトガルの有名なアーティスト、ラファエル・ボルダロ・ピニェイロ(Rafael Bordalo Pinheiro)の作品のレプリカであることがわかりました。

ポルトガルに行く前は、その存在すら知りませんでしたが、リスボン滞在中に夫婦そろってボルダロの陶器の魅力に取り憑かれてしまい、リスボン市内にあるボルダロ博物館や、リスボンからバスで1時間半の場所にあるボルダロ博物館まで行ってしまいました。この稿では、そのボルダロについて簡単にご紹介いたします。

風刺画家ボルダロ


ラファエル・ボルダロ・ピニェイロ(以下、「ボルダロ」といいます)は、1846年リスボンに生まれた19世紀ポルトガル文化で最も影響力のある人物の一人です。彼の得意としていたのは、世相を反映した風刺画や陶器の作品でした。幼い頃から芸術への関心が高く、長じては芸術学校にも通いました。劇場に足しげく通い、政治や社会に関する風刺のきいた新聞を観客に配り、人気を博しました。

ボルダロの陶器工場


1884年、ボルダロが38歳の時にカルダス・ダ・ライーニャ(Caldas da Rainha)に陶器工場を開き、陶器制作を開始しました。ボルダロの陶器工場では、ボルダロが動植物にインスピレーションを受けた独創的な作品が生み出されました。冒頭にご紹介した飾り用の陶器の他、日常的に利用できる食器も製造され、ボルダロの作品はポルトガル国内に留まらず海外でも人気を呼び、国外でもエキシビションが開かれています。

キャベツをモチーフにした食器が有名

ボルダロの作品は、同じポルトガル語圏であるブラジル人にも人気があり、リオデジャネイロにある国立美術館(Museu Nacional De Belas Artes)では、ボルダロの渾身の作品「ベートーベンの水差し(Jarra Beethoven)」が見られます。この作品は2.6mもの高さがあり、ボルダロの陶芸技術の高さを伺うことができます。

1905年にボルダロが58歳で亡くなると、陶器工場は息子のマヌエルとカルダス・ダ・ライーニャ市の人々が維持管理することになりました。その後、何度かの経済危機を乗り越え、2008年には通信・建設大手グループ(Grupo Visabeira)が買収し、ボルダロの陶器工場は現在に至っています。工場では、ボルダロとその息子マヌエルが残した作品をもとに、一般の消費者のための食器や飾りを製造販売しています。

パイナップルの食器

リスボンにあるボルダロの博物館とカルダス・ダ・ライーニャ市にある陶器工場については、また、改めてご紹介いたします。



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