アルゼンチンとウルグアイの国旗が似ているのはなぜ?

ワールドカップやオリンピックの時には、世界の国旗を目にする機会が多いです。みなさんはアルゼンチンとウルグアイの国旗を見分けることができますでしょうか?

答えは、上がアルゼンチン国旗、下がウルグアイ国旗です。いずれの国旗にも人の顔をした太陽の絵が描かれています。色も似ているので、ちょっと紛らわしいです。両国の国旗に描かれている太陽にはどのような意味があるのでしょうか。

アルゼンチンとウルグアイはもともと同じ国だった

国旗の話をする前に、南米の歴史に少しお付き合い下さい。南米にはかつて「ペルー副王領」と呼ばれるスペインの領土がありました。副王領(Virreinato)というのは、植民地ではなくてスペイン副王が治める領土ということです。ペルー副王領は、スペイン人がペルーに到着してから約10年後に定められたもので、ブラジル以外の南米のほぼ全域にわたる領土を占めていました。

ペルー副王領の誕生から約230年後の1776年、ペルー副王領の一部が、ラプラタ川副王領として分割されました。ラプラタ川はアルゼンチンとウルグアイを流れる大河で、近郊で銀が取れたことから「ラプラタ(銀)」という名前がつけられました。

ラプラタ川副王領は現在のアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビアを含む広範囲にわたる領土を有していました。当時はアルゼンチンとウルグアイという国はまだ存在していませんでした。

太陽の絵=インカの神、インティ

アルゼンチンとウルグアイの国旗に描かれている太陽は、五月の太陽(Sol de Mayo)と呼ばれるもので、インカ帝国の太陽神インティを表現したものです。太陽神を祀る祭り、「インティライミ」の名は耳にしたことが有る人も多いのではないでしょうか。

なぜ、「五月の」太陽なのかというと、これは副王領の独立運動と関係があります。1808年にフランスのナポレオンが、ポルトガルを征服しスペイン占領のために兄をスペイン国王としたことをきっかけに、ポルトガル、スペインで反フランスに対する反乱がおこりました(いわゆる、半島戦争)。

本国スペインがフランスに占領されたことをきっかけとして、ラプラタ川副王領では1810年5月に独立運動が起こり、副王は権力の座から引きずり降ろされました。この独立運動は5月に起こったことから、五月革命と呼ばれています。この五月革命は、ラプラタ川副王領の各地域がスペインから独立するきっかけになりました。

なぜ、インカの太陽神を五月革命の象徴としたのかはよく分からないのですが、おそらく、南米のアイデンティティの象徴としてインティが選ばれたものと思います。

国旗

国旗の色には次のような意味があります。

アルゼンチン国旗

国旗の上下にある青のラインは「空の青」を表現したものです。青のラインの間にある白は雲の色で平和と純潔を示しています。

もともと、アルゼンチン国旗には「五月の太陽」がなく、青と白の3本ラインだけの国旗でした。1812年に軍隊によって、独立戦争の旗印として五月の太陽をあしらった旗が利用されるようになりました。このデザインは、長いこと戦旗として利用されていました。国旗と戦旗が同じデザインとなり、「五月の太陽」がアルゼンチン国旗に描かれるようになったのは1985年からのことです。

ウルグアイ国旗

ウルグアイの場合、白い帯が5つ、青い帯が4つ平行に描かれ、左上に五月の太陽が描かれています。ウルグアイの国旗は、米国旗を参考にしてデザインされています。

2014年W杯で出会ったウルグアイの少年
よく見ると、旗が裏になっています。

9つの帯は、ウルグアイ独立の際に省庁が9つあったことを示しています。

アルゼンチンとウルグアイの名前の由来

せっかくなので、アルゼンチンとウルグアイの名前の由来についても調べてみました。

アルゼンチン=銀の国

アルゼンチンの国名はラテン語の「argentum(銀)」に由来しています。これは、アルゼンチンを流れるラプラタ川が「銀の川」と名付けられたのと同じ由来です。

ウルグアイ=貝、カタツムリ、鳥

ウルグアイの国名の由来は諸説あり、現地グアラニ語で貝、カタツムリを意味する「uruguä」に由来するという説、ウルグアイに住んでいた鳥のウル(uru)に由来する説などがあります。